早口言葉はなぜ難しいのですか。
早口言葉を辞書(『デイリーコンサイス国語辞典』三省堂ウェブディクショナリー(https://www.sanseido.biz/、公開当時))で引くと「言いにくい文句をすばやく言うこと」と書かれています。したがって、一つの答えとしては、言いにくいから早口言葉は難しいということになります。
しかし、これではあまり説明になっていないので、なぜ特定の文句は言いにくいのかということを考えてみたいと思います。
下の枠内に早口言葉をいくつかあげてみました。
なんとなく共通点があるような気がしませんか。
早口言葉を集めた本に出て来る言葉と新聞の社説(3日分)で使用されていた言葉を比較すると、早口言葉には、拗音(「きゃ・きゅ・きょ」等)や「マ行」「パ行」「バ行」の音が含まれていることが多いそうです(鈴木誠史、白杵秀範、島村徹也『日本語早口言葉の構造と性質』)。
これらの音を発するとき、口のどの辺りを使っているか意識してみると、口の前の方を使っていることに気づかれると思います。私たちはそれぞれの音声を発する際、唇や歯や舌を使って空気の流れを阻害することで音を生成しています。この空気の流れを阻害する口の中の位置のことを調音点といいます。「きゃ」と発音するときには、「き」と発音するときより舌が口の前の方に移動すると思います。「カ」行を発音するときの調音点は口蓋の後ろの方(軟口蓋)ですが、「きゃ・きゅ・きょ」を発音するときには、舌が口蓋の前の方(硬口蓋)に近づきます。「マ行」「パ行」「バ行」の調音点は唇です(窪薗晴夫 『音声学・音韻論』)。
ここで、楽器を演奏するときのことを例に挙げて調音について考えてみたいと思います。管楽器を演奏するときには、タンギングといって、 [t] や [k] の発音と同じ舌の動きを使う技法があるそうです。ゆっくりのリズムのときにはttt…(シングルタンギング)と舌を動かし、早いリズムを取るときにはtktk…(ダブルタンギング)と発音するように舌を動かすそうです。
これを、早口言葉で使用されやすい音でやってみると、どうでしょうか。早いリズムで連続して発するのが難しく感じられるのではないかと思います。音を発するときに、素早く動かしやすい部位とそうでない部位というのがありそうです。つまり、早口言葉が言いにくい原因の1つは、すばやく発しにくい音が含まれていることが考えられます。
早口言葉のもう一つの共通点は、似たような表現の繰り返しが含まれているという点です。特に例の6、7番は拗音を含んでいないにもかかわらず、非常に言いにくいように感じます。
この2例は、調音が難しいというよりは、似た音にひきずられて違う発音をしてしまうこと(「あぶりかぶり」「かにあにめ」「かみあみめ」など)が起こりやすいと思います。私たちは発話をするときに、言いたいことを伝える表現を選び、それを実際に発音できるよう身体を調整する等のさまざまな処理を短時間で行なっています。
ゆっくり時間をかければ、間違いはほとんど起きないのですが、適切なタイミングに多くの情報を伝えようとすると、言い間違いが起こりやすくなります。こうした間違いは、私たちが発話をするときに内部でどのような処理を行なっているか、その途中段階を知るための貴重なデータといえます。
言い間違いの研究(寺尾康『言い間違いはどうして起こる?』)によると、言い間違いは無秩序に起こるのではなく、規則的に起こるそうです。
その一つに「母音は母音と、子音は子音と入れ替わる」という規則があります。そして入れ替えは特に、共通母音もしくは共通子音をもった拍(モーラ)の間で起こるそうです。拍とは、日本語を発音するときの長さの単位で、私たちが一つの仮名(あ/い/う/え/お/か/き/く/け/こ/・・・/きゃ/きゅ/きょ/・・・)を発音するときの長さが1拍です。
6と7の例を音素にして拍ごとにみて見ると、近隣の拍の間に共通の母音と子音が含まれていることがわかります。
つまり、これらは言い間違いを生じさせやすい構成をしていると言えます。
以上をまとめますと、早口言葉が言いにくい理由として、早口言葉に含まれる音の調音の難しさと、母音や子音が共通の表現の繰り返しによる言い間違えやすさがあるといえそうです。