Vol. 2 (2017年9月発行)
日本語は日本人だけのものではありません。世界中のたくさんの人が日本語を勉強したり、仕事で使ったりしています。
つい最近のことですが、ドイツの列車でたまたま会ったピアノの先生は日本語を勉強していて、日本にも毎年1回来ているということでした。その人は日本語では簡単なことしか話せませんが、こんな日本語のホームページも作っています。
外国の人の日本語を聞くと、「何か変だ」と思うこともあるでしょう。ですが、そういう日本語を分析すると、「そう言いたくなるのも無理はない」と思える理由があることが多いです。
たとえば、外国の人が「おいしいでした」という言い方をすることがあります。鹿児島の人のようにそういう言い方をする日本人もいますが、「おいしかったです」のほうが普通だと思う人が多いでしょう。
でも、「おいしいでした」と言いたくなるのにはわけがあります。「おいしいでした」は、❶のように、形容詞「おいしい」に丁寧さを表す「です」が付き、さらに過去を表す「た」が付いた形です。
「おいしかったです」はどうでしょうか。❷のように、形容詞「おいしい」に過去を表す「た」が付き、さらに丁寧さを表す「です」が付いた形です。
❶と❷では丁寧さを表す「です」と 過去を表す「た」の語順が違います。
では、形容詞ではなく動詞のときはどうでしょうか。「行きました」であれば、❸のように、動詞「行く」に丁寧さを表す「ます」が付き、さらに過去を表す「た」が付いた形になるのが普通です。
名詞のときはどうでしょうか。「雨でした」であれば、❹のように、名詞「雨」に丁寧さを表す「です」が付き、さらに過去を表す「た」が付いた形になるのが普通です。
ということは、動詞や名詞の場合は、丁寧さを表す「ます」「です」が先に来て、その後に過去を表す「た」が来る語順になります。
動詞や名詞がその語順であれば、形容詞も同じ語順にしたくなります。そうです。それが「おいしいでした」という形です。
というふうに考えれば、外国の人が「おいしかったです」ではなく「おいしいでした」を使うのも無理はないということになります。
外国の人は、日本語を聞いたり読んだりしたときに「おかしな」解釈をすることがあります。
たとえば、❺を読んだ場合です。
この文章は、グルメサイトに載っているレストランのクチコミの一部です。「無難で○」は、「トマトパスタは悪くない。よい。」という意味だと解釈するのが普通でしょう。
ですが、これを読んだドイツの人は、「トマトパスタは作るのが難しくない。評価はゼロ点」という意味だと解釈しました。
どうしてそう解釈したか、わかりますか?「無難」は「難しく無い(むずかしくない)」の意味だと考え、「○」は数字のゼロだと思ったのです。
「無難」は「難点がない」という意味ですが、「難しくない」と解釈したくなるのもわかります。
「○」は「よい」という意味で世界共通だと思うかもしれませんが、そんなことはありません。欧米などでは、「よい」という意味で、むしろ「×」を使います。「よい」とか「当てはまる」という意味でチェックマーク「✓」が使われていましたが、「✓」はタイプライターのキーにはなかったので、代わりにエックス「x」を使ったのが続いているのでしょう。
外国の人が使う日本語も、方言や昔の日本語と同じく日本語の一種です。そうした日本語を分析すれば、当たり前だと思っている「普通の」日本語にも実は不思議なことがたくさん潜んでいることが見えてきます。そうした「不思議」を明らかにしていきたいと思います。
野田尚史
NODA Hisashi
のだ ひさし●教授/専門は日本語学・日本語教育学。
大阪外国語大学大学院修了、博士(言語学)。2012年から現職。2006年に日本語教育学会奨励賞を受賞した。