ことばの波止場

Vol. 5 (2019年3月発行)

特集 : 「いま何もしなければ」なくなってしまう①

日本各地の地域言語を保存し、言語の多様性を維持する~日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成~

言語の記録保存と継承保存

世界の言語の約半分が「いま何もしなければ」今世紀中になくなってしまうと言われており、例えばユネスコは、そのような消滅危機言語が日本には8つあると報告しています。この報告に含まれないほぼすべての地域言語(中央語である日本語標準語以外の言語・方言)も、だんだんと使う人がいなくなっていて、消滅の危機に瀕していると言えます。言語変異研究領域では、このような日本各地の地域言語を保存するための研究を行っています。

言語の「保存」と聞いて、みなさんはどんなことを想像するでしょうか。私たちがおこなっている二つの「保存」についてお話しします。

言語の記録保存

最初に思いつく方が多そうなのは、言語の「記録保存」の方でしょうか。博物館に言語の記録資料を残すイメージです。私たちは、消滅の危機に瀕している言語の話者が健在なうちに、体系的かつ総合的な言語の記録を残す研究を、日本国内40地点で行っています。

体系的な言語の記録を残すために、まずその言語の全体像―その言語が持つ音、語や句・文をつくるための文法規則、句や文が実際の文脈の中でどのように解釈されるのか、といった体系的な記述が記載される参照文法を書くための調査を行います。

調査風景(地元のお年寄りと山田真寛先生)
聞き取り調査

また、言語の全体像を理解するためには、総合的な言語の記録が必要です。参照文法と合わせて、例文や音声資料付きの辞書、音声や映像資料から文字化され逐語訳が付された談話資料、さらに最近では詳細な文法情報を付したコーパスも総合的な言語の記録に含まれます。

言語が消滅してしまったり、世代間継承が途絶えてしまったりしていても、このような記録があれば復活・復興させることが可能であることは、ヘブライ語やハワイ語などの例からもわかります。逆に、質・量ともにじゅうぶんな言語の記録がなければ、一度失われた言語は二度と知ることができず、次にお話しするもう一つの保存も非常に困難になります。

言語の継承保存

私たちは、言語の「記録保存」と並行して、「継承保存」のための実践研究も行っています。生きた言語は人間の頭の中にあり、個人の寿命を超えて次世代に継承されていくものなので、博物館に言語の記録が残るだけでは、生きた言語を残すことはできません。

日本国内の消滅危機言語、例えば琉球諸語はおおむね、60歳以上の人たちが日常的に話していますが、学齢期の子どもたちは話すことも聞いて理解することもできず、世代間継承が断絶していると考えられます。このような消滅危機言語の「継承保存」とは、世代間継承を再開させ維持することを意味します。

輪になるイメージ

琉球諸語の継承保存の例

たくさんの「潜在話者」がいる

消滅危機言語の流暢な母語話者世代と、標準語モノリンガルの子どもの世代の間に、「流暢には話せないけれど聞いて理解できる」世代がいることは、これまでほとんど注目されてきませんでした。

しかし、例えば沖永良部島の40歳前後の人たちは、地域言語の理解に必要な言語知識を流暢な母語話者と同じように持っていることがわかりました(下のグラフ参照)。彼らを地域言語がまったくわからない人たちよりも少ない労力で(再び)地域言語を話すようになる「潜在話者」と呼ぶことができます。

潜在話者の多くは、言語獲得期にある子どもを育てている「親の世代」であり、彼らの地域言語使用の増加は、子どもたちが聞く地域言語量の増加につながると考えられます。私たちは、潜在話者の地域言語使用を増やすことができれば、世代間継承を再開させられると考えています。

地域言語の世代間継承度を客観的に測定する
沖永良部島の二つの集落(鹿児島県大島郡知名町上平川、和泊町くにがみ)において、それぞれの集落のことばで理解度テストをつくり、日常的に地域言語を使用している世代と、その地域で生まれ育った比較的若い世代を対象に、理解度を測定する実験を行いました。その結果、これまで「流暢な母語話者ではない」とされてきた40歳前後の人たちも、日常的に地域言語を使用している世代と同じように地域言語を理解できることが明らかになりました。また20代の理解度は個人差が大きく、地域言語をある程度理解できる人からほとんど理解できない人までいることもわかりました。

地域理解度テストの年齢別スコア(20点満点)

地域言語復興の課題

どうすれば潜在話者の地域言語使用を増やすことができるでしょうか。流暢な母語話者が健在なうちに、言語の継承保存だけでなく、記録保存も並行して進めなければいけません。また消滅危機言語の復興は、地域言語コミュニティの一人ひとりが取り組まなくては達成できません。

絵本を読む親子
地域言語絵本のワークショップに参加した親子

日本語標準語が支配的な現在、価値観や文化の多様性、心の豊かさの支えとなっている地域言語の価値は、中央・地方ともにじゅうぶん認められているとは言えず、「今さら方言なんか役に立たない」と考える人もいるかもしれません。そのため、地域言語コミュニティ内においても、地域言語を使用する内発的な動機づけが必要です。

これらを解決するために私たちが地域言語コミュニティと協働して行っている取り組みを一つ紹介します。

地域言語コンテンツの制作

言語の記録として収集している談話資料には、地域に伝わる昔話や、地域の人の創作物語があります(一部は kikigengo.ninjal.ac.jp で、音声付きで公開されています)。私たちはこれらの談話資料を利用して地域言語の絵本を制作し、地域言語の記録を蓄積しつつ、その一部を継承保存に利用しています。

地域言語の絵本は、多くの潜在話者が含まれる「親の世代」が、子どもへの読み聞かせに利用しているほか、これをモチベーションにして、地域言語の習得・練習にも利用しています。絵本の付録に付く朗読音声とことばの解説は、フィールド調査によってデータを収集し学術論文として執筆したものなどをもとに、地域言語コミュニティが利用できるかたちにして制作しています。

この例のように、言語の記録を利用した地域言語コンテンツをとおして楽しみながら地域言語を(再)習得することで、一人ひとりが地域言語の復興に取り組み、結果的に社会の中と個人の中の言語の多様性が保全された豊かな社会を維持していけるような研究を、私たちは行っています。

(言語変異研究領域・准教授/山田真寛)

絵本のイラスト
与那国語絵本『ディラブディ』