Vol. 5 (2019年3月発行)
天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』は、16世紀の日本を訪れたキリスト教宣教師の日本語学習向けに編集された読本(リーダー)です。ヨーロッパの印刷機を持ち込み、1592~1593年に九州・天草で印刷されました。ザビエルがキリスト教を伝えてから約40年後、江戸幕府が開かれる10年前のことです。
天草版『平家物語』『伊曽保物語』『 金句集』は、ロンドンの大英図書館が所蔵する1点(Shelfmark: Or.59.aa.1)しか見つかっていません。「天下の孤本」と呼ばれ、貴重な本です。また、日本に伝来した西洋印刷術(活字印刷)による草創期の印刷物であるため、印刷史の観点からも注目される本です。
大英図書館に天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』があることは、明治時代から日本でも知られるようになり、日本語史の研究者にも注目されてきました。なぜなら、口語体で文章が書かれているため、室町時代の日本語の話し言葉を知ることができたからです。天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』は、日本語史研究に多くの知見をもたらしてきました。
また、天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』は、ポルトガル語式のローマ字で書かれています。「Feiqe(平家)」「Nifon(日本)」のように、ハ行の子音は“h”ではなく“f”が使われています。このことから、当時の日本語のハ行音は「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」に近い音であったことがわかります。現代の共通日本語では発音を区別しない「ジ」と「ヂ」、「ズ」と「ヅ」も、“ji”と“gi”、“zu”と“zzu”のように書かれ、発音に区別のあったことがわかります。
このように、天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』は、中世日本語を知る一級資料として、日本語史研究において重要視されてきました。そのため、『日本語歴史コーパス』にも、天草版『平家物語』『伊曽保物語』を収録しました(2018年3月公開、『金句集』は準備中)。
多くの先人たちの手により、天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』は、写真版が公刊され、翻字本文や索引も出版され、研究環境を充実させてきました。しかし、写真は白黒で裏写りもあり、精密な判読を行う上で限界もありました。さらなる研究環境の向上を決意された大英図書館の協力により、2019年3月、カラー画像(JPEG 形式)の公開が実現しました。大英図書館提供の画像はパブリックドメインとして公開しています。
▼ 大英図書館蔵天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』画像
https://dglb01.ninjal.ac.jp/BL_amakusa/
天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』は、3作品が1冊に装丁され(『金句集』の後に「言葉の和らげ」「難語句解」が続く)、書誌解説では「三部合綴」「合冊」などと表現されてきました。このサイトでは、表紙から裏表紙まで、白紙の遊び紙も含めて、順番に1ページずつ並べ、また、サムネイル画像は本の見開きになるようにし、大英図書館本の現在の姿をある程度実感できるようにしました。
画像公開にあわせて、『日本語歴史コーパス』もアップデートし、「中納言」の検索結果から、検索語の掲載ページの画像を閲覧できるように、リンクを設けました。
なお、より高画質の画像(TIFF形式)を希望する場合は、大英図書館から有償で提供を受けることができます(https://www.bl.uk/digitisationservices/ordering-images)。
(言語変化研究領域・准教授/高田智和)