Vol. 11 (2022年3月発行)
消滅危機言語を記録し、その価値を地域の人や社会に訴え、その継承活動を支援するのがこのプロジェクトの目的です。ここで言う「消滅危機言語」には、ユネスコが指定した危機言語だけでなく、日本各地の方言も含まれます。プロジェクトでは、本土の方言を含む約40地点の言語の調査を実施し、記録してきました。
危機言語の記録は重要ですが、もっと重要なのは、言語が消滅しないよう継承していくことです。もし、言語が消滅せずに使われ続けるのであれば、言語の記録は時間をかけて、内容を充実させることができます。そして何より、言語が多様であることが人間の財産だからです。
しかし、どうやったら言語を消滅から守れるのでしょうか? 6年間を通じて、プロジェクトの最大の課題はこのことでした。
先日、テレビを見ていて、絶滅危惧種のアホウドリを繁殖させる取組のことを知りました。アホウドリは、もとは伊豆諸島や小笠原諸島、尖閣諸島などに生息していましたが、羽毛を取るために乱獲が進み、ほとんど絶滅状態となりました。ところが、1951年に鳥島でわずかに生息していることが確認され、観察と保護が進められた結果、個体数がかなり増えました。しかし、鳥島は火山の島です。噴火でアホウドリの生息地がなくなる恐れがあります。そのため、アホウドリを別の地域へ誘導し、生息地を分散させる計画が始まりました。
その方法が実にユニークです。デコイと呼ばれるアホウドリの実物大の模型を鳥島の別の海岸に置き、アホウドリの鳴き声を拡声器で流すことによりアホウドリを引き寄せるという作戦です。これにより、2006年に新たな集団繁殖地が確認されたといいます(山階鳥類研究所HP)。
動植物の保護活動は、言語の保護活動に比べてずっと進んでいます。条約で貴重動植物の輸出入が禁止され、これらを捕獲したり採取したりすると法律で罰せられます。また、環境省のHPでは「絶滅危惧種をなぜ守らなければならないか」について詳細に解説されています。
それに対し、言語の保護活動は国の政策としてほとんど行われていません。自治体によっては「方言の日」を設けたり、方言の使用を推奨したりしていますが、言語の保護に関する法律や条令はありません。また、文科省のHPには、危機言語の保護について一言も書かれていません。
このような現状を考えると、自分たちの力で言語を守らなければなりません。そのとき、アホウドリの移住作戦が参考になります。例えば、YouTubeでは各地の方言動画がたくさん流れています。ネットという別の環境で音声を流すという点で、デコイ作戦とよく似ています。これに引き寄せられて、多くの人が方言を日常生活で使うようになれば、方言を消滅から守ることができるかもしれません(2月19日のNINJALフォーラムのポスター発表で参加者からこのようなアドバイスをいただきました)。また、方言を話す人形を作ることも現在の技術なら可能だと思います。
言語が後世に残るか残らないかは、現在の私たちにかかっています。そのことをしっかりと意識して、暮らしていきたいと思います。
(木部暢子/言語変異研究領域・特任教授)