Vol. 14-2 (2025年4月公開)

皆さんは、日々の暮らしの中で、ことば(日本語)の変化というものを感じることがありますか? 音韻や文法に比べると、語彙の変化は比較的分かりやすいと言われています。新語・流行語はその代表的な例でしょうし、逆に死語・廃語と言われるものもあります。ただ、こうした個別の語の増減をきちんとした数値で確認することは簡単ではなく、まして膨大な数の語の集合である「語彙」について、その変化をデータに基づいて計量的に明らかにすることは非常に難しいものです。
1987年に発表された国立国語研究所の『雑誌用語の変遷』は、そうした計量的な語彙史研究の先駆と言えるものです(研究代表者 : 宮島達夫氏)。これは、雑誌『中央公論』という同一の資料を対象に、1906年から1976年まで10年おきに1万語を抽出し、調査単位を統一した語彙調査を行ったもので、この期間に増えた語・減った語をはじめとして、語種(和語・漢語・外来語・混種語)や品詞の構成比の変化、意味分野を同じくする語(似た意味や関連性をもつ語)の量的な変動などが調査されました。ただ、各年1万語と小規模な調査であったため、例えば外来語が増えているという傾向は確かめられましたが、具体的にどのような外来語がどのように増えているのか、またその要因は何か、といったことを検討するまでには至りませんでした。
この外来語の問題については、私も日本に留学してきたころから興味があり、「外来語が増え過ぎて困るとよく言われるが、それを、単なる印象論ではなく、実際に確かめることはできないだろうか」といった問題意識をもっていました。しかし、もちろん、20世紀半ば以降の現代語に関する統一的で大規模なデータ(コーパス)は存在せず、その検証は難しい状況でした。
そこで私は、今から20年近く前になりますが、上の『中央公論』の調査に倣って、自分で『毎日新聞経年コーパス』という通時コーパスを作成することにしました。このコーパスは、『毎日新聞』の1950年から2010年までの記事を10年おきに標本抽出し、その見出しと本文を入力したもので(1991年以降は『CD-毎日新聞記事データ集』を利用)、最新の第4版では全体で延べ約772万語(短単位)と、概算で『中央公論』コーパスの約60倍以上の規模をもつコーパスとなりました。
以下では、このコーパスを用いた外来語に関する調査結果をいくつかご紹介します。なお、これらの結果を含む研究成果を2024年に拙著(金、2024)*1にまとめましたので、詳しくはそちらをご参照ください。
1950年から2000年までのデータ(第1版)を分析したところ、外来語は延べ語数(語の使用回数の合計)・異なり語数(語の種類の合計)ともに増え続けていることが明らかになりました。これは周辺的な語彙(低頻度語)だけでなく、日常的に使われる基本語彙(高頻度語)でも同じ傾向が見られました。
個々の外来語について、どのような語が増え、どのような語が減ったかを数値とともに示しました(詳細は金(2011)*2で確認できます)。使用量が増えている高頻度の外来語を分析した結果、「トラブル」「ケース」「レベル」「ルール」「イメージ」「タイプ」「ストレス」「サービス」「システム」など、抽象的な意味を表す語が多いことが分かりました。また、「チェック」「スタート」「アピール」のような動名詞(サ変動詞語幹)も増えています。これらの結果は、従来言われていた「外来語は具体的な意味分野(例 : 食べ物、道具など)に多い」という見方を覆すものです。


こうした抽象的な外来語は、既存の和語や漢語が表していた意味を(代わりに)担うものが多いので、基本語化(あることばが日常的に使われるようになること)の要因を考える場合に、これら類義語との関係を考慮に入れなければなりません。例えば「トラブル」は、その意味範囲が類義の「いざこざ」や「不具合」といった和語や漢語よりも広いという特徴をもっています。この語は、基本語化の過程で「ヒトとヒトとのトラブル」「モノのトラブル」「モノゴトのトラブル」という大きく分けて3種の意味用法を表すようになるのですが、これによって、それぞれを別個に表す数十の類義語の意味を1語で表現できるようになりました(図1)。一方、「ルール」などは、「きまり」や「規則」といった類義語間の意味的・用法的な空白を埋めるような働きを獲得しています(図2)。
抽象的な外来語の基本語化には、20世紀後半の新聞文章の文体変化も影響しています。1950年の新聞記事(特に社会面)を読むと分かりやすいのですが、新聞の叙述は、戦後の「描写的(物語的)」な色彩の強い文体から、事実を淡々と「概略的(要約的)」に報告する文体へと大きく変化しました。事件や事故を事細かく表現するには意味範囲の狭い既存の和語や漢語が用いられましたが、概略的に報告する近年の文体では非分析的で意味範囲の広い外来語が選ばれるようになったというわけです。
現在、私は、この『毎日新聞経年コーパス』を使って、外来語だけでなく、20世紀後半に基本語化したと考えられる和語や漢語についても調査分析を進めています。これからも、直感や印象だけでは気付くことのできない、日本語の変化の新たな発見を続けていきたいと思います。
参考文献 :
*1 金愛蘭(2024)『外来語の基本語化―現代新聞「叙述語彙」への進出―』大阪大学出版会
*2 金愛蘭(2011)『20世紀後半の新聞語彙における外来語の基本語化』阪大日本語研究別冊3号
Eran KIM。日本大学文理学部准教授。韓国生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。国立国語研究所特別奨励研究員、早稲田大学インストラクター、東京外国語大学講師、広島大学講師・准教授を経て、2019年より現職。専門は日本語学・日本語教育学。共著に『基礎日本語学』(ひつじ書房)、『コーパスで学ぶ日本語学 日本語の語彙・表記』(朝倉書店)など。