国語研の窓

第11号(2002年4月1日発行)

ことばQ&A

「○○で,よろしかったでしょうか?」

質問

最近,ファーストフード店やファミリーレストランで品物を注文すると,店員が「○○で,よろしかったでしょうか?」と,注文を繰り返すことがよくあります。なぜ過去形で問われるのかと違和感を覚えます。「よろしゅうございますか?」や「よろしいでしょうか?」の方が適切ではないのでしょうか。

回答

「よろしかった」の「~た」は,過去の意味だけでなく,確認の意味で使われることもあります。店員が注文を復唱する場面で使われている「~た」は,確認の意昧ではないかと考えられます。

それを確かめるために,ファーストフードのM社に尋ねてみました。同社では,各店の店長がアルバイトの店員に,客の注文をしっかり確認するよう指導し,「○○で,よろしかったでしょうか?」という接客敬語を口伝えで教えているそうです。店員はこのような接客マニュアルにしたがって応対しているのです。ついでに,ホテルや洋品店にも尋ねてみたところ、この場面では,「よろしゅうございますか?」や「よろしいでしょうか?」が適切だ,ということでした。いずれも敬語を含む丁寧な表現ですが,「よろしかったでしょうか?」は,客に確認を求める丁寧表現,「よろしゅうございますか?」や「よろしいでしょうか?」は,客に許可を仰ぐ丁寧表現という違いがあります。

なぜ,「○○で,よろしかったでしょうか?」に違和感を覚えるのか,質問者のお気持ちを推察してみましょう。質問者は,この場面は,客に許可を仰ぐべき場面とお考えのようです。それなのに,確認を求められるから,違和感を持たれるのでしょう。客の中には,値段の安い品物を注文して,「○○で,よろしかったでしょうか?」と確認されると,もっと高い物でなくていいのか,と言われているような気がする人もいるでしょう。食べ物だけ注文して,「お飲み物は,よろしかったでしょうか?」と確認されると,セットでの注文を迫るような,おしつけがましさを感じる人もいるでしょう。このように,「よろしかったでしょうか?」という確認の表現は,客の場面や状況の捉え方しだいでは違和感を持たれることになります。

例えば,ズボンの裾上げを頼んでおいた洋品店で,確認のため試着した後に,「この長さで,よろしかったでしょうか?」と言われたらどうでしょうか。違和感を覚えない人も多いだろうと思います。もちろん,この状況でも「よろしいでしょうか?」の方が適切だと考える人もいるでしょう。

客にはそれぞれ個性があります。敬語の使い方についての規範意識も人それぞれです。接客マニュアルどおりの画一的な応対は,能率的に均質なサービスを提供できる長所もあるのですが,客の個性に対する配慮が足りないという欠点もあります。客の気持ちに配慮して,場面や状況に応じた表現の工夫をすることが,大切なのではないでしょうか。

(吉岡 泰夫)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。