国語研の窓

第14号(2003年1月1日発行)

ことば・社会・世界:中国の日本語研究事情

「若い」学問

日本語の研究は日本国内だけでなく,世界各地で行われています。日本語教育が盛んなお隣の中国でも,日本語の研究は活発に行われています。最近では,書店でも一般の日本語教材や辞書とともに,日本語に関する学術研究書の類が並ぶようになってきました。また,日本で学位を取得した若手研究者による本格的な研究書も,次々と出版されています。『日語学習与研究」(日本語の学習と研究)などの日本語教育・日本語研究関係の雑誌も定期的に刊行されています。

中国で日本語についての本格的な研究がなされるようになったのは,1980年代以降のことです。日本の中国語研究が長い歴史と伝統を有するのに比べれば,中国の日本語研究は始まったばかりと言ってもいいでしょう。

しかし,歴史が浅い分,若い人材が指導的立場にたって活躍する場面も多く,たとえば,国立国語研究所と学術交流協定を結んでいる「北京日本学研究センター」の主任として活躍しておられる徐一平氏は,46歳という若さです。中国の各地域で中核的な役割を担っている方々も,その多くは徐一平氏と同じ世代に属します。

若いエネルギーによって新しい伝統が着々と形づくられつつある,それが中国における日本語研究の現状といえるでしょう。

中国の日本語研究の特色

中国における日本語研究でよく取り上げられるテーマは「文法」と「語彙(ごい)」です。これは,第一に日本語教育において必要な研究であること、第二に日本と中国の間に長い語彙の交流の歴史があるという二つの理由によるものと思われます。コンピュータを用いた研究も普及しつつあります。

中国の日本語研究の特色としては,「日本人研究者との交流が非常に活発である」ということがあげられます。特に最近は,全国各地の大学や研究機関が競って特色あるシンポジウムやフォーラムを企画し,日本国内からも多くの研究者が参加しています。日本からの参加者のかなりの部分が自費参加であることを考えると,いかに中国人研究者から熱心な呼びかけがあるか,そして,いかに日本国内の研究者が中国の日本語研究に関心を寄せているかということがわかります。

このような個人レベルの交流に加え,国レベルの交流があることも見逃せません。1979年の日中文化交流協定にもとづき北京に設置された「在中華人民共和国日本語研修センター」(通称「大平学校」,1980年~1985年)には,数多くの著名な研究者が講師として赴任し,中国における日本語教育・日本語研究の基礎を確固たるものにしました。同センターの修了生は,中国の日本語教育を支える中核的な役割を担うとともに,社会のさまざまな分野で活躍しています。

また,その後を受けて設置された「北京日本学研究センター」(1986年~現在)は,日本の国際交流基金と,中国教育部(日本の文部科学省にあたる)の共同事業として,大学院レベルの教育を行っています。

今後の展望

中国の日本語教育のレベルは高く,日本人研究者も参加するようなシンポジウムでは,日本語を公用語として用いることがごくあたりまえのこととして行われています。また,日本語の力がしっかりしているので,日本人研究者も安心して専門分野について議論することができます。日本語に対する感覚もたいへん鋭く,私自身,中国の研究者との議論を通じて教えられたことが少なくありません。その意味で,中国の日本語研究は,大きな潜在能力を秘めているといえるでしょう。

ただ,先に述べたように,中国における日本語研究の歴史はまだ浅く,中国国内の言語学研究においても,日本語の研究は必ずしも重要なものとして認知されていません。まずは,広く中国国内の言語研究者に対して,日本語研究のおもしろさや重要性をアピールし,日本語研究を中国における言語研究の一分野としてしっかりと定着させることが目標になるでしょう。

また,そのためには,日本人研究者の側でも,日本国内の研究をそのまま輸出するのではなく,中国人研究者との交流を通じて,自らの研究の意義を相対的な視点から見つめ直すという姿勢が必要でしょう。

中国の日本語研究の発展は,同時に日本国内の日本語研究の国際化でもあるのです。

(井上 優)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。