国語研の窓

第17号(2003年10月1日発行)

ことばQ&A

「柳」でなく「木」偏に「夘」と書く名字の人がいますが?

質問

「やなぎ」さんという名字の人で,「柳」ではなく「木」偏に「夘」と書く人がいます。なぜなのでしょうか。

回答

主な理由として考えられるのは,中国で隋(ずい),唐の昔から書籍や石碑などに書かれてきた伝統ある楷書体(筆写体・書写体)の影響です。「柳」の字は,「卯」の部分がやや書きにくく,形も取りにくいため,「木」偏に「夘」という字体で書かれることがあったのです。これは「沢」を「澤」と書くような「旧字体」と違い,漢和辞典に載っていないこともあります。

明治時代に入って各地で「戸籍」を作る際に,そうした筆写体を用いて姓名が書き込まれました。それが,戸籍係によってほぼ忠実に転記され続け,和文タイプの時代にもその字だけ手で写され,現在まで伝わってきたのです。

漢字は,書きやすさや形の取りやすさなどが求められ,中国,日本ともに少しずつ形が変わってきた歴史をもっています。楷書体でも部首「阜」は「」,「 」は「  」となっています。

また,書道を学んでいる人などは,戸籍では学校で習う字体であっても,伝統的な字体で姓名を書くこともあります。現在では,こうした筆写体は,固有名詞を表記する場合を除くと,手書きの手紙や書道の作品くらいでしか見かけなくなってきています。「常用漢字表」は,固有名詞や個々人の表記,芸術分野には適用されないことになっているので,これらでの使用は問題とはならないようです。

姓は,祖先から一家に伝わってきたものとして,漢字の字体まで昔のまま残そうとする人もいます。そのほかに,姓を付けた当初から本家と分家を区別するために,同じ姓でも一方の字体をわざと少し変えた名残もあるほか,「吉」の「士」(さむらい)の部分を農家だからと「土」に取り替えたとか,この字体の方が字画がいいなど,様々な意識をいだきながら使い続ける人もあるようです。まれに,戸籍を作成,転記する際に字を間違ってしまったというものまであります。

戸籍では,漢和辞典に「誤字」ではなく「俗字」などとされている字体については,コンピューターでも使用し続けることが認められています。住民票には,戸籍で誤字とされた字体もかなり残っているようです。政府が進める〈電子政府〉においても,それらの漢字がかなりたくさん残っていることが明らかとなっており,筆写体や家そのものについての意識が薄れつつある中で,今後それらの字体がどのように扱われていくのか,注目されます。

(笹原 宏之)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。