第25号(2005年10月1日発行)
仙台市に椌木通(ごうらきどおり)という地名があります。近くには,陸奥国国分寺跡があって,古くから開けていた土地です。現在は閑静な住宅街です。その一角に椌木通の地名由来を記した石碑が建っています。
碑文には次のようなことが書いてあります。昔,この地には大人が数人で囲むほどの古木があり,幹の中が空洞になっていました。がらんどうのことを仙台の言葉で「ガホラ」といったため,この木は「ごおらの木」と呼ばれました。そして,「椌」という文字を作って地名にあてたと伝えられています。中がからっぽの木だから,木と空とを組み合わせて新しい文字を作ったという字源説です。方言に由来する地域文字となります。
ところが,「椌」と同じ形の文字が『大漢和辞典』に見つかります。漢の時代に編集された『説文解字』にまでさかのぼることができ,音はコウ,中がからになっている打楽器をあらわす文字です。しかし,この文字と,椌木通の「椌」とは他人の空似のようです。
さて,「椌」の字はコンピュータで扱うことができます。コンピュータに標準的に登載する漢字は,JIS X 0208という工業規格で決められています。このJIS規格を作る際に地名文字の資料を参照し,「椌」の字はこの時に採録されました。典拠は仙台市の椌木通でした。「椌」の字は,椌木通の地名をあらわすためにコンピュータにあるのです。
椌木通を歩いていたとき,電信柱の看板に「控木通」と書かれているものを見つけました。木へんと手へんは,筆写の際に混用されることがありますが,「控」となると全く別な文字になってしまいます。試しにインターネットの検索エンジンで「控木通」と入力してみると,いくつか用例を探しあてることができます。いずれも「椌木通」の誤用です。「椌」の字が使われていないのはたいへん残念なことです。
(高田 智和)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。