国語研の窓

第29号(2006年10月1日発行)

刊行物紹介:『世界の言語テスト』

2006年3月/くろしお出版/税込4,725円

近年,地球規模での人々の移動・交流が活発化しているため,いままで以上にコミュニケーション能力の重要性が認識され,言語能力を的確に測定する言語テスト開発の必要性がクローズアップされています。

国立国語研究所では,平成12年度より5年計画で,世界の様々な国や地域で実施されている言語テスト,中でも外国人や移民などの母語話者以外の人々を対象とした言語テストに関して,テストの社会・歴史的背景,種類・内容,作成・実施過程,社会的影響などの観点から調査研究を行い,その研究成果をまとめて,『世界の言語テスト』を刊行しました。

『世界の言語テスト』

言語テストの発展と現状

科学的な言語能力の測定方法が開発された1960年代初頭,言語は小さな単位に分析することが可能であるとともに,個々の単位が一定の規則に基づいて結びついた構造を持ち,その規則や構造に関する知識を獲得していることが言語能力であるという考えに基づいて,言語テストは作成されていました。それゆえ,発音,語彙(ごい),文法等の個別の知識に関するテスト項目によって分析的に言語能力を測定する「個別的要素テスト(Discrete point tests)」が,当時の言語テストの分野では主流でした。

しかし,様々な分野でグローバルな交流が益々活発化してきた結果,単なる教養として外国語を学ぶのではなく,実際にコミュニケーションを行う手段として外国語を習得する重要性が認識されるようになってきました。その結果,言語テストの分野においても,1980年代以降,文法・語彙等についての個別知識よりも実際のコミュニケーション場面の言語活動能力を測定する「コミュニケーション能力テスト(Communicative testing)」の開発に重点が置かれるようになってきました。

『世界の言語テスト』では,このような言語能力観や言語テスト理論の歴史的変遷について解説するとともに,コミュニケーション能力を測定する現代の様々な言語テストを取り上げて紹介しています。

世界各国の言語テスト

近年,ヨーロッパでは欧州統合の流れの中で人々の国境を越えた移動が盛んになり,異なる言語を相互に理解しコミュニケーションを円滑に行う必要性が生じてきたために,国ごとに個別に実施されていた言語テストを比較・対照するための共通の枠組みを作成することが重要な課題になってきました。

この課題を遂行するため,1989年に,ヨーロッパ各国の言語テスト機関によって「ヨーロッパ言語テスト協会」(ALTE)が設立されました。現在では,31機関 (26言語対象)がALTEに加盟し,ヨーロッパの言語テストの共通枠組み作成を中心とする様々な国際的プロジェクトを実施しています。

『世界の言語テスト』では,ALTEに所属するイギリス,スペイン,ドイツ,オランダの機関の言語テストをはじめ,米国,オーストラリア,日本,韓国,香港で実施されている言語テスト(例えば,TOEFLや日本語能力試験など)の社会・歴史的背景や内容・形式・特色などについても概観しています。

日本の将来と言語テスト

『世界の言語テスト』は,以上のように,言語テストの発展と現状,世界各国の言語テストについて紹介するとともに,「読む,書く,聴く,話す」などの技能を測定する言語テストの作成・実施過程についても具体例を挙げながら解説しています。

少子高齢化社会を迎えつつある日本では,近い将来外国から多数の労働者を受け入れる必要性が生じ,移民に対する日本語教育や言語テストの開発が重要な課題になってくるでしょう。『世界の言語テスト』が,多くの方々に言語テストに関心を持っていただき,今後の日本語教育施策について考えていただくきっかけになれば幸いです。

(杉本 明子)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。