国語研の窓

第29号(2006年10月1日発行)

ことばQ&A

「魂」の偏(へん)と旁(つくり)について

質問

「魂」という漢字では「云」が偏(へん)ですか。「鬼」が旁(つくり)ですか。

回答

漢和辞典をみてみましょう。「魂」は,「鬼」の部に属します。その部首は,「おに(の)ブ」や「キニョウ(鬼繞)」であるとわかります(図版1)。そもそも部首というのは,漢字を分類する方法のひとつです。直接には,中国清代の「康煕(こうき)字典」の分類方法を手本にしています。これは,「近い意味や同じ性質を表す,漢字の意味による分類」と言いかえてもよいでしょう。「魂」の字の部首「鬼」は,日本語でのおそろしい「おに」とは限らず,「亡くなった人のたましい」の意味で,それに関係する文字が同じ部首に属しています。一方,偏というのは,漢字の部首のうち,左半分に位置するものをいいます。その時のこりの右半分に位置するものを旁といいます。「魂」の字の部首は偏の位置にはないので,この字に偏と旁の呼び名や考え方はあてはまりません。このように漢字の部首やその分類の様子・理由などを知るには,漢和辞典でその字の所属する部首の解説にも目を通すとよいでしょう。

図版1 「魂」は鬼の部に分類されています
図版1 「魂」は鬼の部に分類されています

さて,部首以外でも漢字を「六書(りくしょ)」で説明することがあります。六書は部首分類よりさらにずっと古い後漢時代の『説文解字』に説かれた,漢字の成立事情や構成原則による整理のしかたです。この六書でいうと,漢字の半数以上が形声(ケイセイ)に属します。形声は,意味の集合を表す「意符」と,もともとの中国語での発音や発音によることばのグループを表す「音符」とからなるという考え方です。「魂」の場合は偏(部首のうち左半分に位置するもの)と旁(偏以外の右半分の部分)の構成ではないですが,意符の「鬼」の部分が右にあって,音符の「云」は左にあります。ですから鬼偏とは言いませんが,意味による分類では「鬼」の部です。「云」は,日本での「魂」の字音「コン」と関連のある音符です。日本語での「魂」という字に,中国での音符「云」やその読みは関連が薄くなっているのです。

以上のように漢字の成り立ちや構成を知るには,漢和辞典の「解字(漢字のなりたち)」の欄を読めばよいですが,大方の漢和辞典に共通するものと,漢和辞典ごとに独特の考え方を載せるものとがあります。疑問になった漢字については,できれば複数の漢和辞典の記述を見比べてみてください。また部首分類は上のように中国に手本がありますが,日本での漢和辞典で使いやすいように分類を変えることもあります。辞書によっては,ある部首に所属する漢字の種類の一致しない場合もあります。しかし,この部首に属する漢字,とか,別の部首に譲っている漢字,といった注記を加えているものもあります(図版2)。

図版2 「彳」(ぎょうにんべん)と「行」(ぎょうがまえ)は別の部首に属しています
図版2 「彳」(ぎょうにんべん)と「行」(ぎょうがまえ)は別の部首に属しています

漢字学習では,部首といえば偏(へん)[左半分にあるもの]で,冠(かんむり)[上に位置するもの]や繞(にょう)[左上から時計と反対周りに下に半周するもの]もある,とはっきりした字形の特徴によって,漢字を整理して覚えるための分類が部首だ,と考える人も多いのです。じつはこれは,学習や記憶,あるいは字形をとらえるため,その時々に本来の部首分類の一部を活用しているのです。部首分類の本来の意味やその中での全体の漢字の配置,分類の重複や改変など知らないまま漢和辞典を使っていることも多いでしょう。一度ゆっくり漢和辞典を読み比べてみてください。

(山田 貞雄)

*図版は『例解新漢和辞典 第3版』(2006,三省堂)による。

※この欄は,当研究所に実際に寄せられた「ことば」に関する質問に基づいています。

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。