国語研の窓

第38号(2009年1月1日発行)

ことばQ&A

風邪や病気に「おかされる」というときの漢字は?

質問

「感冒」といいますが,風邪や病気に「おかされる」というとき,漢字で「冒される」と書くべきですか。

回答

常用漢字表では,「犯」「侵」「冒」の三字に「おかす」という同訓異字の使い分けがあります。たとえば「法律を犯す」「権利を侵す」「危険を冒す」の違いです。これらの使い分けは,もともとの漢字の字義,「犯(犬が境界を超える,おきてを破る意味)」,「侵(人がほうきを持ってはく,狭いところなどに入りこむ意味)」「冒(目を覆う,向こう見ずにあえて押し切って進む意味)」の違いからきています。

ワープロの用字のヒントや,新聞社の用語の手引の類では「病魔に侵される」を例として挙げているものが多く,風邪やインフルエンザなどの病気の場合には,「侵」がふさわしいのではないか,と思わせます。

一方「感冒」という漢語は『水滸伝』にも見られますが,「寒風にあたり邪気におかされる」と説く漢和辞典が多く,その伝承では,あえて「冒」のもともとの字義との合致や同訓異字のなかの選択意識からは遠く,その観点に触れられていないものも多くみられます。別の漢語「冒トク(ボウトク)」の場合でも同様で,もともとの「冒」の,比較的具体的な字義から離れ,むしろ抽象的な「けがす・おかす」の意味に用いられている様子がわかります。

現代日本語では「病魔に侵される」の,流行性の病に不本意にかかってしまうとか,かかりたくもない病気にやられてしまう,という意味では,「侵」の文字を選ぶに越したことはないようです。しかし,「冒」の当初の字義から生じた幅広い用法をみると,根本的に「冒」の字ではまちがっている,とも言い切れないでしょう。

現代の日本語で同訓異字の使い分けの原則を立てたり考えたりするということは,日本での意味や用法に従って,「とりわけ使い分けるべきとすれば,どうすべきか」の問題です。漢字では意味の使いわけが細かすぎて書き分けの不可能な場合や,文脈や周囲の語の取り合わせから,漢字に詳しい意味の使い分けを担わせないですむ場合もありましょう。仮名書きの方が,全体の文意がすなおに理解しやすい,ということもありそうです。

(山田 貞雄)

※このコーナーは,当研究所に寄せられた言葉についての質問をもとに作成しています。

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。