ことばの疑問

「七夕」

2013.07.17 山田貞雄

質問

どうして「七夕」と書いて「たなばた」と読むのですか。

回答

「七夕」は漢字音で読めば「シチセキ」という漢語です。訓読みすれば「たなばた」という和語(大和言葉)です。漢語「シチセキ」のもともと意味する事柄は漢和辞典で明らかです。そこに日本の「たなばた」が一緒になって、そのうち和漢を区別することもなくなって、その読み方も定着したのです。

これは「サクジツ」の「昨日」を「きのう」と読んだり、「ミョウニチ」の「明日」を「あす」と読んだりするのとまったく同じです。このように、漢語と和語との切っても切れない状態が、その漢字や漢語に対する訓なのです。一語をあらわす漢字1文字に対し和語1語の対応は、単なる漢字の訓です。しかし「昨日」「明日」「七夕」は、1字であらわされる漢語ではなく、2字以上の漢字文字列全体で1語です。それに対する和語「きのう」「あす」「たなばた」もまた1語です。これを、単なる漢字1字の訓読みとは区別して、「熟字訓」といいます。この時、和語の「たな」は漢字ではどこにあたり、「はた・ばた」は漢字のどこをどう読んでいるのか、という風に、言葉の成分の内訳まで、細かく漢字の1字1字に対応させることはできません。この「七夕」のように日常使われる「熟字訓」は、常用漢字表の備考欄に読み方を示した語例として挙がっています。

さて、もともとの漢語の「七夕」は、旧暦(太陰暦)7月7日の夕べのことです。牽牛と織女という夫婦が、一年に一度だけ会うことを許されたとして、その時期に天の川の両岸の星をお祭りする、という中国の思想があり、奇数月の五節句の一つでもあります。日本では、牽牛と織女が夫婦で、仕事をさぼって楽しみにふけったので、天帝に年に一度しか会えないように罰則を与えられた、などという所はさほど伝わっていません。むしろ、その日に女子が裁縫などの技芸の腕を上げるようにお祈りしたり、あるいは宮中でその宴会(節会)せちえを開いたりすることが、伝わっています。

一方、あまりはっきり知られていませんが、日本ではもともと棚を設けてお供えし、神様の到来を待って祈ったのではないかという説があります。そこには機織りの若い女性が関わったそうです。また、この時期の農耕行事や、今でも行なわれるお盆の、先祖や死者の霊の里帰りを迎えたり、もてなしたりする行事とも、重なったと考えられそうです。それが和語の「たなばた」です。

このように、中国の「シチセキ」と日本の「たなばた」の思想や文化習慣の違い、あるいは両者の混合や発展は、言葉の問題というより事柄そのものの問題です。

一方、「七夕」をどう読むか、というのは純粋に言葉の問題です。事柄の問題が言葉の問題にも影響し、また言葉がそれらに影を落としもし、互いに響きあってきたのでしょう。もともと異なる文化・習慣としての「シチセキ」と「たなばた」の親しい関係という背景や前提はあるにせよ、単に言語の問題としてだけ考えれば、このような「熟字訓」が定着して現在に至った、という、比較的単純な言語現象です。

書いた人

山田貞雄

YAMADA Sadao
やまだ さだお●伝統的な日本語学(旧国語学)を勉強したのち、旧図書館情報大学では、写本と版本の二種によって、『竹取物語』を読みとく授業や、留学生のための日本語・日本事情を担当。その後、国語研究所では、「ことば(国語・日本語・言語)」に関する質問に回答してきました。日常の言語生活や個々人の言語感覚が、「ことば」のストレスにどう関わるか、そこに “言語の科学”は、どこまで貢献できるか、が、目下最大の興味の的です。