「○○とは違って」というのを「違くて」とか「違うくて」という人がいますが、なぜですか。
まず、これらの形が作られるメカニズムを考えてみましょう。ただ「違くて」と「違うくて」ではメカニズムは少し異なります。
「違くて」の方から考えてみますが、ここでは「違くて」と同様に規範から外れた形「違かった」「違くない」も使われることがありますので、併せて考えます。
言葉の形式には、たとえ規範から外れていても、何らかの規則性が見いだせる場合が多くあります。そこで「違くて」「違かった」「違くない」と同じパターンを持つ語を考えると、形容詞があります。そこから類推すると、「違くて・違かった・違くない」→「違い」という形が想定できます(表、参照)。
~て | ~た | ~ない | ||
---|---|---|---|---|
ちがう | 動詞 | ちがって | ちがった | ちがわない |
ちがい | ? | ちがくて | ちがかった | ちがくない |
たかい | 形容詞 | たかくて | たかかった | たかくない |
共通語で「違い」は動詞「違う」の連用形で、「違いがある」のように名詞としてもよく使われる形です。「違くて・違かった」等は、「違い」の語尾の「い」を形容詞の語尾として活用させた形と考えることが出来ます。ちなみに「違い」は現在共通語の形容詞としては存在しません。ただ、首都圏などで聞かれる「ちげーよ」という言い方から、既に形容詞の終止形「ちがい」が成立しているとする考え方もあります。「ちげー」は「ちがう」からの変化形とは考えにくく「ちがい」からの変化だろうというわけです。なお、このような「違う」の形容詞型活用は、首都圏では遅くとも1980年代には広まっていたとみられ、早く井上史雄『新しい日本語―《新方言》の分布と変化―』 などに指摘があります。
さらに、語尾の「い」を形容詞のように活用させるというのは、他に「きれい」(→きれかった)、「みたい」(→みたく)などでも見られる現象です。「違い」も含め、これらは末尾に「い」が来る形だからこそ起こった変化ということもできます。
一方、「違うくて」についてはどうでしょうか。「違うくて」の「く」も形容詞の語尾「い」に由来するものと考えられますが、元の形の語尾「い」を変化させたわけではなく、動詞の終止形のあとに「い」を付け足した形です。この場合、末尾が「い」でなくても、「い」を付ければいいことになります。
元来、形容詞の語尾「い」は独立性が高く、名詞などについて形容詞を作る力があります。少し古い例ですが、「ナウ(now)」という外来語に「い」を付けた「ナウい」(「今風の、新しい」の意)という語が流行したこともあります。また「黄色い」「茶色い」のように「色」という名詞に付いて形容詞を作る例もあります。
「違うくて」の場合は、動詞に付いており、かつ「違うい」という言い方は見当たらないので、「黄色い」等の場合とは少し違います。ただ、このように形容詞の語尾が動詞につくのは、方言ではいくつか例があります。例えば、秋田県南部の由利地方の方言では「違う」に限らず動詞全般に「ぐ」を付けたり(例「あるげるぐ なった」=歩けるようになつた)、「がった」を付けて過去を表したり(例「行くがった」)、「がろ」(例「行くがろ」)を付けて推量を表したりするそうです。この「ぐ・がった・がろ」は形容詞の語尾に由来する形です。また関西では、「違う」の方言語形「ちゃう」が「ちゃうかった」「ちゃうくて」のように活用します。
では、動詞「違う」が形容詞のように活用するのはなぜでしょうか。
これには、「違う」の意味が関係すると考えられます。動詞は動きや変化、形容詞・形容動詞は状態を表すのが一般的ですが、「違う」は「他と一致しない」状態を表すという形容詞的な側面を持っています。そのため、形容詞型の活用を受け入れやすいと考えられます。
例えば「違う」の対義語は「同じ」が考えられますが、「同じ」は形容動詞(「ナ形容詞」とも言う)です。対義語が形容動詞になるのは、「違う」の意味に形容詞・形容動詞と近い部分があるということです。(なお、「同じ」は古くはシク活用の形容詞でした。)
また、日本語の歴史に目を向けると、「違う」の類義語「異なる」は今は動詞ですが、古くは「異なり」という形容動詞で、「ことに」「ことならず」のように活用しました。「違う」「異なる」の意味は、動詞的な面と形容詞的な面があるため、活用が揺れやすいとも考えられます。
さらに、「違くて」は「違って」の単なる言い換えとも言えません。
例えば、石井由希子「五段活用動詞「違う」の形容詞型活用」は、次のような例では「違くて」を「違って」と置き換えにくいことを指摘しています。
(友人に遅刻を責められ)「待って、違くて、理由があるんだよ!」
「違くて」には「そうではなくて」というニュアンスがありますが、「違って」ではそのようなニュアンスは表しにくいのです。「そうではない」というのは、形容詞的です。「違くて」には「違う」の意味の形容詞的側面が現れているとも考えられます。