Vol. 1 (創刊号 2017年3月発行)
私は仕事柄、自分が話している言葉を録音して聞いたり、話したものを文字にして読むことがよくあります。「自分はこう話しているだろう」というイメージとは異なり、くだけた表現や言いよどみが実に多く、とても驚かされます。例えば、「来られる」が「来れる」となる、いわゆる「ら抜き言葉」。私も会話でよく使ってしまいます。文化庁が平成12年に、普段どちらを言うか調査したところ、6割の人が「来られる」を用いると回答しました。しかし同時期に話された会話データを調べてみると、7割が「来れる」、つまり「ら抜き言葉」でした。
書き言葉では、自分の書いた文章を目で見て推敲することができますし、規範的な意識もより働くでしょう。しかし話し言葉は、言ったそばから消えて無くなるため、自分がどのような言葉づかいをしているかを見つめる機会はほとんどありません。
そこで「日常会話コーパス」プロジェクトでは、日常生活の中で実際に交わされる会話を大量に録音し、話している内容を文字にした上で、品詞などの情報を付けたデータベース(ことばの研究の分野では「コーパス」と呼びます)を作り、私たちの日常の言葉の性質や仕組みを調べています。
日常会話といっても、家族との食事中の雑談もあれば、仕事仲間との業務の相談や帰宅時の雑談など、さまざまな場面や人との会話があります。おそらく使われる言葉も少しずつ異なるでしょう。こうした違いを詳しく調べるには、コーパスに多様な会話をバランスよく含めることが大切です。そこでコーパスを作る前に、私たちが普段どのような種類の会話を行っているかを調査しました。結果、家族・友達・仕事仲間との食事・家事・仕事中の会話に加え、店舗での店員とのやりとりや、通勤通学時などの会話も多く見られることが分かりました(グラフ参照)。
調査を参考に多様な会話を納めたコーパスが完成すれば、場面や相手によっていかに言葉を使い分けているか、年齢の違いでどのように言葉づかいが異なるかを調べることができるようになります。例えば先に見た「ら抜き言葉」。年配の人の使用は5割なのに対し、若者は8割と、若者ほど多く用いていることが分かります。
プロジェクトではこのほか、1960年前後に収録された話し言葉のコーパスも作成し、話し言葉の変化も調査します。例えばら抜き言葉の使用がこの50年余りでどのように変化したのか、こうしたことを調べることができるようになります。
小磯花絵
KOISO Hanae
こいそ はなえ●音声言語研究領域 准教授。専門領域はコーパス言語学、談話分析、認知科学。独立行政法人国立国語研究所主任研究員を経て2009年10月から現職。