ことばの波止場

Vol. 8 (2020年9月発行)

特集 : 世界で学ぶ日本語学習者のコーパス―I-JAS―

I-JASとは、「多言語母語の日本語学習者横断コーパス International Corpus of Japanese as a Second Language」の略称です。このコーパスには、学習者1,000名、日本語母語話者50名、合計1,050名の対面調査で収集した発話と作文、一部の参加者から収集した任意の作文、さらに、日本語能力テスト結果など、全参加者の詳細な背景情報のデータが含まれています(迫田ほか2020)。

I-JASの概要
I-JASの概要

I-JASは、対面調査だけでも807.6万語の産出データを収集しており、最も大きな特徴は12の異なる言語を母語とする海外の日本語学習者850名と日本国内の学習者150名の世界最大規模の日本語学習者コーパスである点です。類型論に基づいた12言語(中・韓・英・仏・独・露・洪・尼・西・土・越・泰)の学習者群を比較することで、個別言語(母語)の影響や言語類型別の特徴を探ることができます。

また、7種類のタスク(ストーリーテリング、対話、ロールプレイ、絵描写、ストーリーライティング、エッセイ、eメール)のタスク間の結果比較や作文と発話の比較により、課題の違いによる学習者言語のバリエーションを観察することもできます。

さらに、日本国内の学習者150名は、学校に通う教室環境学習者と就労目的や国際結婚で学校に通わない自然環境学習者のグループに分けられており、教室指導や環境の習得への影響についても比較が可能です。

加えて、学習者は全員2種類の日本語習熟度テストを受けているため、習熟度別の比較も可能です。

このほか、個々の学習者の背景調査のデータを併用することで、日本語母語話者との交流やアルバイト、学習スタイルなど、幅広い視点からデータを分析することができます。

I-JASは、日本語の第二言語習得研究や言語研究のみならず、コーパス研究の分野においても大きな意義を持っています。これまでに蓄積された英語や中国語の学習者コーパスの研究領域との共同研究、現在構築中の中国語母語話者の縦断コーパス(B-JAS)との合同・比較研究、さらには方言コーパスや日本語母語話者の現代語コーパスとの比較分析によって、研究領域のさらなる拡大や深化が期待できます。

I-JASのデータ収集調査では対面調査の終了後、1人ひとりにその学習者に応じた日本語学習のアドバイスをカードに書いて渡しています。学習者にとっても生まれて初めて日本語母語話者と長時間話して良い経験や刺激になったという感想もあり、調査する側と調査される側の双方向で意義深い交流が生まれました。

I-JASは、実際に参加した学習者総数1,229名、国内外の調査協力者79名、スタッフ40名、総勢1,348名の人々の力によって完成しました。

今後、I-JASが日本語の第二言語習得研究や日本語教育の分野で幅広く利用され、世界の日本語研究や日本語教育研究のさらなる発展に寄与することを願っています。

【引用文献】
迫田久美子・石川慎一郎・李在鎬編著(2020)『日本語学習者コーパスI-JAS入門』くろしお出版

(日本語教育研究領域・准教授/野山広
・客員教授/迫田久美子)