ことばの波止場

Vol. 9 (2021年3月発行)

特集 : 新しい古典・言語文化の授業 古文教育に資する、コーパスを用いた教材の開発と学習指導法の研究

新しい古典・言語文化の授業

新しい古典・言語文化の授業

2018年3月、新しい高等学校学習指導要領が告示されました。高等学校国語科の必修科目に、これまでの「国語総合」に代わり、「現代の国語」と「言語文化」という2つの科目が設定されました。この2つは、「国語総合」の「現代文」と「古典」とは異なります。「現代の国語」は「話すこと・聞くこと」「書くこと」を中心とした科目として設定され、従来の科目「古典」の内容は、科目「言語文化」の中に吸収されています。

では科目「古典」と科目「言語文化」は同じかと言えば、やはり違います。科目「言語文化」は、「上代から近現代に受け継がれてきた我が国の言語文化への理解を深めること」を目的としています。ご承知の通り、科目「古典」は、上代から近世までの文学作品を対象とした科目です。また科目「古典」では、「受け継がれてきた我が国の言語文化」という観点では構成されていません。読者の皆さんも、古典は、「(今とは異なる)昔のこと」として学習されてきたのではないかと思います。

そもそも「言語文化」とは何か。学習指導要領には、「我が国の言語文化とは、わが国の歴史の中で創造され、継承されてきた文化的に価値をもつ言語そのもの」等と記されています。つまり「言語文化」の学びには、古典文学作品の読解だけではなく、「言語そのもの」の学びも含まれなければなりません。

皆さんは、科目「古典」の授業の中で、「単語」や「文法」の学習をされてきたと思います。しかしそれは、古典文学作品を読解するため、並びに大学入試対策のためであったことと思います。しかも学習する言葉の多くは、今はもう使われていないものであったのではないでしょうか。

これからの「言語文化」の学びには、現代まで受け継がれてきた言葉の学びが必要になります。本プロジェクトでは、そうした言葉の学びを取り入れた、新しい古典・言語文化の授業を創出するための研究を行っています。

日本語歴史コーパス(CHJ)には、上代から近代までの日本語資料が収録されています。学習指導要領の示す「言語文化」とほぼ同じ射程です。「現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)」も取り入れれば、通時の視点で言葉を捉えることが可能になります。CHJやBCCWJを活用することで、これまでにはない古典・言語文化の授業が作れると考えています。次節でその一端をご紹介します。

なおご紹介する授業実践は、拙編著『新しい古典・言語文化の授業』(朝倉書店)に掲載されています。詳細はそちらをご覧ください。

また、文科省のGIGAスクール構想が加速し、児童・生徒の手元に一人一台のPCやタブレットが置かれることになりました。授業におけるICTの活用はもはや特別なことではなく、ICTを活用することが授業の前提になりつつあります。そうした状況に対応し、コーパスを中高生がより使いやすくなるような国語教育用のインターフェイスを開発中です。次々節で紹介したいと思います。

コーパスを用いて授業を作る

(1)『枕草子』の教材研究

最初にご紹介するのは、『枕草子』の第一段「春はあけぼの」におけるCHJの使用例です。教材「春はあけぼの」では、「『春はあけぼの』の文章を模して自分なりの随筆を書こう」といった学習活動が、しばしば行われます。そこで学習者は、「冬はこたつ。」などといった文章を書くことが求められます。しかしCHJで検索すると、「あけぼの」の語は、『枕草子』以前には、『蜻蛉日記』で一例見られるのみで、かつ、『枕草子』中でも、「春はあけぼの。」の一文以外では用いられていないことが分かります。「冬はこたつ。」では、「春はあけぼの。」の一文が示す特異性を表現できたことにはなりません。

また別に、教材「春はあけぼの」を用いて、「形は同じでも今は意味が違っている言葉」などを調べる学習活動も行われます。文中の言葉がそれらに該当するかどうか、CHJを用いることで、根拠を基に判断をすることができます。このように、授業者が教材研究にCHJを用いることで、古典の学びを確かな言葉の学びにすることができるのです。

(2)『白雪姫』の単語帳

次にご紹介するのは、昭和女子大学の須永哲矢氏と学生諸子による「古典教材作成プロジェクト」です。図1 をご覧いただくだけでも、この授業実践の魅力が伝わるのではないかと思います。

白雪姫
図1

この授業実践では、まず、高校国語の教科書をテキストデータ化し、形態素解析を利用して語の集計を行い、学習に必要な古文単語を選定します。こうした作業、形態素解析や語の集計等はすでに読者の皆さんも多く行っていることと思います。この授業実践の秀逸なところは、選定した古文単語の学びを、オリジナルの古作文と単語帳作成へと昇華させている点です。ただ単語を覚えるのではなく、自ら例文と単語帳を作成していきます。しかも元となるお話に選ばれたのが「白雪姫」。実に魅力的な題材設定です。

古文「白雪姫」は、次の一文から始まります。「今は昔、はづかしき人の知る国に、いとめでたけれど心醜き妃あり。」この続きは拙編著、もしくは、「古典教材作成プロジェクト」のWEB公開ページをご覧ください。(http://zenkoren.itigo.jp/shirayuki/)

簡易検索システム「ことねり」

最後に、CHJの簡易検索システムである「ことねり」をご紹介します。「中納言」のユーザー登録をされている方は、現在すでに使用することができます。「中納言」にログインしたのち、「ことねり」のサイト(https://cotoneri.ninjal.ac.jp)を開いてみてください。五十音と品詞を選択できるタッチパネル画面が、そこに現れるはずです。図2 は、「し」で始まる「形容詞」を検索し、そのうちの一つ、「繁し」をクリックした画面です。形容詞「繁し」が、CHJに収録されている各作品に何例出現するかが、一覧で表示されています。

簡易検索システム「ことねり」の画面
図2

さらに各作品名をクリックすると、指定した語の全用例と、活用形、章段が表示されるようになっています。さらに用例は、ジャパンナレッジに収められている新編日本古典文学全集と紐づけされていて、本文、現代語訳を確認することができるようになっています。

この「ことねり」は、研究用はもとより、中学高校の新しい古典・言語文化の授業において広く活用してもらうことを意図しています。上代から近現代までつながる言葉の学びのツールとして活用してもらいたいと考えています。GIGAスクール構想の加速により、日々の授業での活用が一気に現実的になってきました。国語教育におけるコーパスの活用研究の裾野は広がってきています。ご関心を持っていただける方がさらに増えることを期待しています。

(群馬大学・准教授/河内昭浩)