ことばの波止場

Vol. 9 (2021年3月発行)

研究者紹介 : 五十嵐陽介

研究者紹介020:五十嵐陽介

未開拓の分野を見つけてそこに切り込んでいきたい

研究の道に進まれたきっかけを教えてください

言語に興味を持ったきっかけの1つは中学生の時に行った修学旅行です。京都・奈良に行く中学校が多い中で、私たちの中学校は東北地方に行きました。そこで農業体験をしたのですが、農家の方々が方言をしゃべっておられる。「牛の背中」のことをベゴノシェナガと言っておられる。農業体験それ自体よりも、そのあとで食べたわんこそばよりも、方言のことが強く印象に残りました。

中学生時代は外国語に興味を持ち始めた時期でもあります。YouTubeなどなかった時代なので、外国語を聞くためにはNHKのテレビ・ラジオ講座を利用していました。特に外国語の発音が好きでうまく発音できるようにたくさん練習しました。言語学、とりわけ音声学への関心は中学時代に芽生えたと思っています。すっかり外国語好きとなったので、外国語をたくさん勉強できる東京外国語大学に入学しました。そこではロシア語を専攻しました。日本ではあまり学ぶ人がいない言語であることがロシア語を選んだ1番の理由だったと思います。大学にはたくさんの優秀な言語学者の先生方が講義を持っておられ、様々な言語の話、言語学の話を聞くことができました。それでますます言語学が好きになりました。

これまでどのようなご研究をされていましたか

アクセント・イントネーションを中心に研究してきました。そのきっかけは、大学生時代にモスクワに留学しときに、ロシア語音声学の大家にロシア語のイントネーションを教わったことです。ロシア語ではyes-no疑問文と平叙文とが基本的にイントネーションだけで区別されるのでイントネーションを習得することが重要となります。授業では、第2言語学習としてイントネーションを教わったのですが、理論的なことも同時に教わりました。帰国後、ロシア語イントネーションを研究テーマとして定め大学院に進み、このテーマで博士論文を書きました。

大学院時代には国立国語研究所が当時開発していた『日本語話し言葉コーパス』の構築作業にアルバイトとして従事する機会を得ました。そこではコーパスにイントネーション情報を付与する作業を行っていましたが、これにより日本語のイントネーションについて学ぶことができました。同時期に、日本語諸方言のイントネーションにも興味を持ち、友人を通じて知り合った人々に対してフィールドワークのまねごとを行っていました。このような経緯があり、大学院修了後には日本語諸方言のイントネーション研究を本格的に始めました。

ポストドクターの時代に宮古島のフィールドワークに誘われました。そこで初めて生の琉球語に触れたのですが、これは衝撃的でした。遠く海を越えてやってきた宮古島は気候も違うし、建物も違う外国のようで、そこで用いられていることばは聞いても何一つわからない外国語のようでした。これは長い時間をかけて琉球語と日本語の間の違いが大きくなったためですが、宮古島のことばを言語学の手法で分析してみると、音の体系において日本語と規則的な対応関係(音対応)があることがわかります。当の母語話者も意識しようのない抽象的なレベルでの音対応が、さらに意識しづらいアクセントにまで観察されることを自分の手で確かめたときは強い衝撃を受けました。もちろん論文を通じてこの事実は知ってはいましたが、本で知識を得ることと、実際に体験して知識を得ることの間には大きな違いがあります。これ以降、アクセント体系の研究、その歴史的変化の研究も行っています。

今はどのようなことにご関心があるのですか

これまでと同様に、日本語・琉球語諸方言の多様性の背後に潜む規則性を、特に音声面に焦点を当てて、実証的に明らかにする研究に関心があります。フィールドワークを通じてデータを収集し、それを実験的手法に立脚して分析し、理論的研究に貢献することをこれまで目指してきましたが、これを今も継続して行っています。私はフィールドワーカーとしても実験屋としても理論屋としても半人前ですが、その全部を組み合わせて誰もやってこなかったようなことに取り組めば、一人前の仕事ができるのではないかと考えています。

今後のご研究について教えてください

今後も変わらず音声面に焦点を当てた日本語・琉球語諸方言の研究を行っていきたいと思っています。私は人と同じことをやるのが苦手な性格なので、未開拓の分野を見つけてそこに切り込んでいきたいと考えています。未開拓の分野の研究成果を人に理解してもらうことは容易ではないので、実証性を特に心がけて研究を行っていきたいと思っています。

研究者紹介 020 : 五十嵐陽介「未開拓の分野を見つけてそこに切り込んでいきたい」

五十嵐陽介
いがらし ようすけ●言語変異研究領域 教授。
1976年東京都出身。東京外国語大学大学院で博士号取得。広島大学文学研究科などを経て、国立国語研究所には2020年10月から在籍。日本語・琉球語の韻律を中心とした言語現象の実証的研究に取り組む。日本ロシア文学会賞(2005年)、日本音声学会優秀論文賞(2013年、2017年)、同発表賞(2017年)。