Vol. 15-1 (2025年11月公開)

「それやって、何になるんすか」
……どのような研究をしているのかと聞かれ、懇切丁寧に説明した挙句、このような質問を浴びせられる。それが、言語学者の運命だ。
結論から言ってしまおう。言語学は、魑魅魍魎がうごめく、この灰色の世界を鮮やかに彩る学問である。
身近な例からご紹介したい。
皆さんは、長時間にわたる会議で集中力が切れそうになる状況に陥ったことはないだろうか。断っておくが、私が所属する組織は、どの会議も大変有意義であり、議論に集中せざるを得ないので、以下はあくまでも仮定の話である。
例えば、発言者のフィラー(filler)の回数を数えるだけで、単調な会議時間も瞬く間に輝き出す。フィラーとは、「あのー」とか「えっと」とか「うーん」といった語のことである。かつては、会話の隙間を埋める役割を担うに過ぎず、さほど意味のないものとして扱われていた。しかし、2000年代に入ったあたりから、フィラーに関する議論は活発になっている。
「えーと」と「あのー」というフィラーには、大きな違いがないように思えるが、次のような例を考えてみると、その違いが分かるのではないだろうか。
A : 社会言語学の父って誰だっけ?※1
B : {えーと・あのー}、確か、ウィリアム・ラボフじゃなかった?
※1 「こんな質問、日常で誰がするねん」というツッコミは、甘んじて受け入れる。
あるいは、以下のように、ブティック※2で店員に声をかける場合は、どうだろう。
A : {えーと・あのー}、すみません。これのLサイズって、ありますか。
B : 申し訳ございません。こちらMサイズのみのサイズ展開となります。
※2 死語であることは理解しているが、代替語が分からない。
定延・田窪(1995)によれば、両者は、「話し手の心的操作」や「心内に貯蔵されている情報データ」に関わり、それぞれ異なるメカニズムによって使い分けられるという。会議中に、とめどなく話す人がいたら、ぜひ「あのー」と「えーと」をカウントしたり、その後にどのような内容がくるのかを観察したりしてみてほしい。
発言者の音韻的な特徴に注目するのも楽しい。特に「シ」の発音などは一生聞いていても飽きることがない。私の観察によれば、「シ」は、英語のsheに見られる/ʃi/のように、調音点(舌が口の中のどの部位に接触、あるいは接近するか)がかなり後ろに下がった発音をする人がいる。また、CDのような外来語を/si/(スィー)のように発音する人もいたりして、とにかく興味深い。こんなことをしているうちに、3時間の会議など、あっという間に終わってしまう※3。
※3 しつこいようだが、私が出席する会議は3時間も一瞬に感じられるほど、意義深いものなので、あくまでも想像上の話である。
このようなふざけたことばかり言っているせいか、私の相手をしてくれるのは、研究室に所属する学生たちだけである。
学生たちとの会話は、新たな発見や驚きに満ちている。いつだったか、野球派かサッカー派かという話題に興じていた時のこと※4、ある学生が
「しょうみ、どっちも見ないっすね」
と言った。
※4 誰も興味がないとは思うが、私は野球派だ。横浜優勝!
正味(しょうみ)? 私の知る「しょうみ」は、「しょうみ100g」だとか「しょうみ2時間作業する」といった文に見られるもので、「余分を取り除いた中身」という意味である。一方、若者たちは、「実際、正直なところ」という意味で使うようだ。調べてみると、これは関西方言に由来する用法らしい。なぜ、遠く離れた静岡の若者が、このような語を使うようになったのだろう。これまで地域変種(方言)から伝播した若者ことばに関する研究は、ほとんどなかったように思い、学生たちと大規模な調査を実施した。


5,000人以上からデータを収集し、分析した結果、やはり「しょうみ」は、関西地方、特に大阪、兵庫(図1の緑色のエリア)において最も使用されていることが分かった。また、「あーね(「ああ、そうだね」の意)」という相手に同意を表す若者ことばがあるが、こちらは福岡方言に由来するものであり、地図上で見ても、使用の度合いが高いことが分かった(図2)。
若者ことばというのは、首都圏で生まれ、それが地方へと広がっていくと考えられていた(鑓水、2014)。つまり、首都圏において廃れてしまったことばが、地方では依然として使われていることがあり、そこに生まれる時差が地域差を引き起こしている、ということだ。しかし、今回の調査では、地域方言に由来する若者ことばも確認された。人の移動による言語接触やメディアの影響などを考えれば、地域方言に端を発した若者ことばが広がるのも当然と言えよう。
こんなふうに、普段の何げない会話から研究へとつながっていくのもまた、言語学の楽しさである。
さて、ここからいよいよ私が最も力を入れている危機方言の研究について記そうと思ったが、紙幅がそれを許してくれない。くだらない話で終わってしまった……。何はともあれ、言語学の知識さえあれば、人は、朝から晩まで、退屈することなどないはずだ。言語学は、私たちの人生を想像以上に豊かなものにしてくれる学問なのである。
参考文献 :
定延利之・田窪行則(1995)「談話における心的操作モニター機構—心的操作標識「ええと」と「あの(ー)」」『言語研究』108、 74–93.
鑓水兼貴(2014)「「全国若者語調査」における言語伝播モデル」『首都圏言語研究の視野(国立国語研究所共同研究報告13–02)』129–152.
たにぐち・じょい。米国カリフォルニア州出身。博士(学術)(東京大学)。静岡理工科大学情報学部教授。国立国語研究所共同研究員。専門は社会言語学。静岡県北部の山間地、井川地域における危機方言の記録・保存・継承活動や、静岡全域での大規模な言語調査を行っている。著書に『Biliteracy in Young Japanese Siblings』(ひつじ書房)など。趣味は野球観戦。