国語研の窓

第23号(2005年4月1日発行)

ことばQ&A

辞書に載っていない漢字は間違い?

質問

漢字には,辞書に載っていないものがありますが,それらはすべて間違ったものなのでしょうか。

回答

辞書に見つからない漢字の一つが,書いた人が正しいと思い込んでいる誤字です。「初」の衣偏を「ネ」としたり,「落」をさんずいに 「茖」 () とするものは,「常用漢字表」などによる国語施策や,字源に関する説と一致せず,国語辞典の表記や漢和辞典の親字にはまず採用されません。一方,故意に書きやすく,「第」を「」,「曜」を「」,「酒」を「」とするような社会的な習慣として一部に行われている字体は,俗字,略字,書写体などと呼ばれますが,やはり辞書にほとんど登録されません。

そうした変形ではなく,文字そのものが実在するにもかかわらず,辞書に掲載されていないケースもあります。これは,日本製漢字(国字)に目立ち,「(くるみ)」は地名に,「五月女」を合わせた「(さおとめ)」も姓に伝わっています。国字は,中国に典拠がないために誤りとみなす学者もいましたが,現在では使用の蓄積により,その存在が認められるようになってきました。古文書などに書かれた「(ふぶき)」や,宮沢賢治の詩稿に見られる「」(読みは「かがみ」と考えられます)も,表現意図が込められた造字であり,このたぐいは過去から現在に至るまで幾つも見つけられます。漢字の用法でも,例えば,「混(こ)む」は,中国古典にも「常用漢字表」にもないため,多くの漢和辞典は「混」の字にこの訓や意味を示しません。

辞書というものは,こうあるべきという規範と,社会でこうなっているという実態とを記述する両方の役割を合わせ持っていますが,漢字に関しては後者の記述に十分でない面が見られます。漢字もそれに対する人々の意識も,時代とともに変化します。漢字にとって何が正しく,何が誤りかという基準や根拠は,国や地域,社会や個人によっても異なることがあります。音声,音韻に比べると,固定的なイメージが抱かれがちな漢字ですが,人為的な改変が加えられやすく,個々の字について何をもって正しいものとするかは,辞書によっても判断が分かれるケースがあります。実は,辞書に載っている漢字にも誤字はあり,あえて「譌字(かじ)」などと称して過去の誤字を載せることもあります。一冊の辞書ですぐに正誤の判断を下すのではなく,さらに複数の辞書に当たってみて,それらを材料として,考えてみることが望ましい態度ではないでしょうか。

(笹原 宏之)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。