国語研の窓

第25号(2005年10月1日発行)

解説:現代の書き言葉はどのようにして確立したか

現代の書き言葉はどのようにして確立したか ―『太陽コーパス』の活用例から―

1.『太陽コーパス』とは

現代の書き言葉は,19世紀末期から20世紀初期に進んだ言文一致を通して,大体の形をなしました。国立国語研究所は,現代の書き言葉がどのようにして確立していったのかを,多角的に調査することができる『太陽コーパス』を作成し,このほどCD-ROMで刊行しました。

コーパスとは,書かれたり話されたりした生の言葉を体系立てて大量に集積し,コンピューターを通して自在な検索や抽出ができるように整備したデータベースのことです。『太陽コーパス』は,雑誌『太陽』(博文館刊)を対象とするものですが,『太陽』は,当時の日本人にもっともよく読まれ,記事ジャンルの非常に広い月刊の総合雑誌で,この時期の書き言葉資料として,価値の高いものです。

経年的な言葉の変化をとらえることができるように,1895(明治28)年,1901(明治34)年,1909(明治42)年,1917(大正6)年,1925(大正14)年を対象にとり,それぞれの年の全文をコーパスに入れました。総文字数は約1450万字,記事数約3400本,著者数約1000人の規模になります。図2に明らかなように,当初はほとんどすべての記事が文語文であったところから,次第に口語文に置き換わっていき,ほとんどすべてが口語文になるところまで,言文一致のほぼ全過程をとらえることができます。

図1 『太陽コーパス』で「優秀」を検索した画面
図1 『太陽コーパス』で「優秀」を検索した画面

図2 口語記事と文語記事の比較
図2 口語記事と文語記事の比較

2.『太陽コーパス』でとらえる書き言葉の確立過程

『太陽コーパス』の刊行と同時に,これを活用した,現代の書き言葉の確立過程についての研究を集成した論文集も刊行しました。この本のなかから三つの研究を紹介します。

(1) 濁点表記法の完成

例えば,「喜ぶ」の「ぶ」に濁点文字を使うことは現代語では当たり前ですが,19世紀までは「喜ふ」のように濁点をつけない文字を用いることも一般的でした。この濁点文字の使用率を,『太陽コーパス』の中のすべての語について調べると,図3のようになります。

図3 濁点文字使用率
図3 濁点文字使用率

1909年までは,濁点を付けない文字を使う場合もあったこと,1917年にほとんどの場合に濁点文字を使用する現代の表記法が完成したことが見て取れます。そして,文語文よりも口語文の場合の方が,濁点文字使用の普及が早く進んだことも分かります。

(2) 文語語法から口語語法への移行

言文一致の進行によって,書き言葉として用いる表現法が,旧来の文語的な語法から,話し言葉に根付いた口語的な語法へと徐々に移行しました。図4は,可能を意味する表現法四種について,その頻度(出現回数)の経年変化をまとめたものです。黒線は,口語記事の比率を示しています。

口語的な「出来る」が,口語記事の増加と軌を一にして急速に増えていき,文語的な「能ふ」(「動くこと能はず」など)や「を得る」(「動くを得ず」など)は減っていきます。一方,「し得る」(「動き得ず」など)は文体の変化に影響されずに同じ程度に使用され続けていることも注目されます。文体の変化にともなって,可能表現のしくみが変わっていったと見られます。

図4 可能表現法の頻度
図4 可能表現法の頻度

(3) 新語の定着

近代に誕生あるいは流入した新しい言葉が定着していく過程も,『太陽コーパス』によって詳しく知ることができます。図5は,「優秀」という漢語の頻度の経年変化を,類義語とともに示したものです。当初はほとんど使われていなかった「優秀」が,1901年から1917年の間に一気に定着に向かう様子が際立っており,1909年以後は,旧来からよく使われていた和語「すぐれる」とほぼ同じ程度に使われるようになっていきます。

「優秀」と「すぐれる」の使用文脈を比較してみると,「すぐれる」が人物の内面に備わる才能に関して使われやすいのに対して,「優秀」は人物が生み出す外面的な成果に関して使われやすく,意味によって使い分けられていることが判明します。新しい言葉が,独自の役割を担って,日本語の中に場所を得ていく様子を知ることができます。

図5 「優秀」とその類義語の頻度
図5 「優秀」とその類義語の頻度

論文集は,このほかにも様々な研究成果を掲載し,コーパスの設計や利用方法についても詳しく解説しており,『太陽コーパス』を活用する手引きとしても読んでいただける内容になっています。

多くの人に『太陽コーパス』が活用され,様々な視点から活発な研究が行われることを願ってやみません。

(田中 牧郎)

『太陽コーパス』と論文集は,書店で注文できます。販売についてのお問い合わせは,博文館新社(電話03-3811-4721)まで。

  • 国立国語研究所編『太陽コーパス―雑誌『太陽』日本語データベース―』(国立国語研究所資料集15),2005年3月31日,博文館新社刊行,CD-ROM1枚+解説書A5判横組み56ページ,税込み9,975円
  • 国立国語研究所編『雑誌『太陽』による確立期現代語の研究―『太陽コーパス』研究論文集―』(国立国語研究所報告122),2005年3月31日,博文館新社刊行,A5判横組み414ページ,税込み7,875円

  言語データベースとソフトウェア:http://www.kokken.go.jp/lrc/

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。