第34号(2008年1月1日発行)
国立国語研究所では,昨年度までの約4年間,「外来語」言い換え提案という活動を行ってきました。これは,役所やマスコミが発信する情報の中に外来語が多く,分かりにくくて困るという国民の声を受けて,外来語を分かりやすく言い換えたり説明を付けたりする工夫を,提案したものです。
しかし,国民にとって分かりにくいのは,外来語だけではありません。国立国語研究所が行った調査では,医療や介護福祉の言葉について,分かりやすい言い換えや説明を望む声が,とてもたくさんありました。そこで,今年度からは,病院などで使われている,患者にとって分かりにくい言葉について,分かりやすく表現する工夫を検討して,提案する活動に,着手することにしました。
この活動を行うために,言葉の専門家と医療の専門家からなる委員会を,平成 19年10月に設立し,第1回の会議を開催しました。平成21年3月に,検討結果を発表する予定です。
(田中 牧郎)
国立国語研究所「病院の言葉」委員会 設立趣意書
独立行政法人国立国語研究所
平成19年10月15日
○患者が自らの医療を選ぶ時代
現代の社会では,個人の価値観が尊重され,国民一人一人が生活に必要な情報を自ら集め,理解し,判断することが重要になってきています。これまでは,専門家の判断に任せがちであった事柄についても,自らの責任において決定することが求められる社会に変わってきています。とりわけ,病院・診療所で診療を受ける場合には,患者が病状や治療について医師や看護師など医療従事者から十分な説明を受け,理解し,納得したうえで自らにふさわしい医療を選択することが大切です。
○患者には病院の言葉は分かりにくい
ところが,病院や診療所に足を運んだ患者は,医療従事者の話す言葉の内容や,ポスターやパンフレットなどに書かれた事柄を十分に理解できないことが,しばしばあります。そこには,病気になったりけがをしたりする前には見聞きすることのなかった,なじみのない分かりにくい言葉がたくさん出てくるからです。国立国語研究所が平成16年に実施した調査では,8割を超える国民が,医師が患者に話す言葉の中に,分かりやすく言い換えたり,説明を加えたりしてほしい言葉があると回答しています。
○医療従事者は分かりやすい言葉による説明を
このように,医療従事者が使う言葉を患者が理解できない現状では,患者が十分に納得したうえで,自ら受ける医療について決定することは容易でありません。患者が的確な判断をするためには,何よりもまず専門家である医療従事者が,専門家でない患者に対して,分かりやすく伝える工夫をすることが必要です。医療従事者が分かりやすく伝えようと努力することにより,患者の理解しようとする意欲も高まるはずです。医療の安心や安全は,医療従事者と患者との間で情報が共有され,互いの信頼が形成されることによって,初めて達成されるものと考えます。
○分かりやすい説明の指針
この委員会では,まず,患者がどのような言葉を分かりにくいと感じ,どのような誤解をしているのか,病院・診療所で使われる言葉の問題がどこにあるのかを把握します。そして,それに基づいて,医療従事者が患者に説明する際に,誤解を与えず分かりやすく伝えるには,どのような言葉や表現を選べばよいのか,そのための具体的な工夫について検討し,提案します。この提案が,医療従事者による分かりやすい説明の指針となり,ひいては患者やその家族の的確な理解を助ける手引きとなれば幸いです。
病院の言葉を分かりやすくする提案:http://pj.ninjal.ac.jp/byoin/
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。