方言にも文法があるのでしょうか?

あります。「方言にも文法があるの?」あるいは「方言にも文法があると知って驚いた」というコメントは、地域で研究していると度々いただく言葉です。
「え、逆に文法がないと思っていたの?」と、地域言語の研究者としては思うのですが、「方言(地域のことば)は標準語が訛ったり、ちょっと変わったりしただけ」というイメージの方は意外に多いのかもしれません。
そこで、この記事では「方言(地域のことば)は単語や語尾がちょっと違うだけではなくて、それぞれが独自のルールを持った言語体系なんだ」ということの、一端を紹介したいと思います。
「文法」とは、文を作るときの語順や組み合わせ、その時に必要な語形変化など、ある言語で文を作るときのルール全般を指します。
例えば、日本語では
という文は
の順になりますが、英語では同じことが
という順になります。
このような単語の順番のルールも文法ですし、それぞれの言語において、現在→過去の意味にするときに「呼ぶ→呼んだ」「call→called」のような語形変化*をするときのルールも、文法の一部と言えます。
* 私は過去の「た」を接辞と解釈するため「語形変化」と呼んでいますが、連用形に助動詞が接続した形と分析する方法もあります。
母語話者は必ずしも”文法”を意識して話しているわけではありません。
話し手が無意識に使っていることばのルールについて、データを基に明らかにしていくのが研究者の仕事なのですが、皆さんにもその一端を体験していただきたいと思います。
表1は、鹿児島県奄美群島沖永良部島のことば(地域では「しまむに(=島ことば)」と呼ばれています)で、「叩く」「起きる」「笑う」という動詞が、「叩かない」「起きない」「笑わない」などの”否定”の意味や、「叩いた」「起きた」「笑った」などの”過去”の意味を表すときの言い方をまとめたものです。
「?」になっているところがどんな形か、予測できるでしょうか……?
| 現在 | 否定(~ない) | 過去(~た) | |
|---|---|---|---|
| 叩く | わゆん | わらん | わたん |
| 起きる | うきゆん | うきらん | うきたん |
| 笑う | わろゆん | わろらん | わろたん |
| 眠る | にぶゆん | ? | ? |
………。
正解は、「眠らない」が「にぶらん」、「眠った」が「にぶたん」です。
いかがでしょうか?
この時、正解した方は次のような推理をしたはずです。
実際には、上のルールは共通部分(語根)が母音で終わるときに通用するもので、語根が子音で終わる時にも使えるルールにするには、もう少し調整する必要があります。
また、「しまむに」の難しいところは、後ろにつく接辞によって語根側のかたちも変化していくことなのですが、これは複雑なので、この記事では触れません。
ただ、ここでお伝えしたいのは、話し手が無意識に話している島ことばの中に、このように規則正しいルールが働いているということです。ルールがあるからこそ、皆さんは聞いたことがない言語の活用を予測することすらできました。
このルールが少しずつ明らかになるとき、また謎の現象の背後にある隠れたルールを見つけたとき、私たち研究者は感動で震えます……。
その感動はそのことばを話す話者の皆さまのものでもあります。
写真は、沖永良部島の「しまむに教室」で、話者さんが自分の島ことばを記録し、法則を発見した時のレポートです。
まるで、研究者のように緻密にデータを整理されています!

この方は、講座の振り返りの時に「無意識に使っている方言に文法があることを知って、感動した!」と述べられていました。
これだけ複雑なルールを無意識に使いこなしているとは、(人間って)なんてすごいのでしょう。
ルールは動詞の活用だけではありません。
例えば皆さんの方言の中には、「~じゃ」「~さ」など、何か独特な文末のことば(文末詞)はありませんか?
こうして1つ1つの謎を探究していくと、どんな言語でも、どんな方言でも、そのことば特有のルールがあり、システムがあることに気が付きます。
このシステムの総体が、それぞれのことばが抱える「宇宙」とも言えます。
皆さんも、普段何気なく話していることばの宇宙をぜひ探索してみてください。
