Vol. 13-1 (2023年11月公開)
日本で話されていることばは? と聞かれたら、「日本語」と答える人が多いかもしれません。
日本語といっても地域によってずいぶん違う、さまざまなことばがあります。
琉球列島で話されていることばは日本語とは大きく異なり、さらに島や地域ごとに独自の方言があります。
琉球列島で話されていることばをまとめて「琉球諸語」と呼びます。
伊豆諸島の八丈島などで話されている「八丈語」、北海道の「アイヌ語」もあります。
日本では、とても多様なことばが話されているのです。
この特集では、日本で話されていることばについて
「危機」と「ルーツ」という2つのテーマで紹介します。
世界に6,000から7,000ある言語のうち2,500が消滅の危機に瀕している──2009年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)による発表です。その中には、日本で話されている8つのことばが含まれています。アイヌ語、八丈語、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語です。実は、消滅の危機に瀕しているのはその8つだけでなく、日本各地の方言の多くも、今、何もしなければ、なくなってしまう恐れがあります。
ことばが消滅の危機に瀕しているとは、どういう状態をいうのでしょうか。皆さんがそれぞれの地域で使っていることばは、次の項目に当てはまりますか?
当てはまる項目が多いほど、そのことばは消滅の危機の度合いが高いと考えられます。
ことばには、コミュニケーションの道具としての役割があります。ことばは、地域の自然環境や歴史や文化を反映して形づくられてきました。思考や感情の基盤にもなっていて、自分が自分であること、つまりアイデンティティの不可欠な要素です。自分が属するコミュニティのことばによって自分を表現できて、ほかの人とコミュニケーションできることは、私たちにとってとても大切なのです。
ことばの消滅は、アイデンティティや文化、歴史の喪失につながります。祖先に当たることばの姿を知る手がかりも失われてしまいます。私たちは、普段話している耳慣れたことばとは違うことばに接すると、知的好奇心が刺激され、学ぶことで知識が蓄積されていきます。ことばの多様性が減ると、そうした機会も失われます。
国語研では、日本各地のことばについて、語彙の収集や、話している場面の録音・録画、文法の記述、辞書の作成などによる「記録保存」を進めています。しかし、ことばの記録が大量に保存されていても、そのことばを話す人がいなくなったら、ことばは消滅してしまいます。ことばが親から子、孫へ、世代を超えて継承される「継承保存」も不可欠です。国語研で行っている記録保存と継承保存の取り組みを下に紹介します。
沖永良部島の例で明らかなように、ことばの保存・継承は、研究者だけではできず、そのことばを話す地域の人々との協働が不可欠です。また、絵本のクラウドファンディングでは、その地域以外の人たちからも多くの支援をいただきました。ことばの消滅は、遠い南の島の問題ではなく、自分にも関係していることとして受け取ってくださったのだと思います。
今、何もしなければ、なくなってしまうことばがあります。皆さんも、自分の地域のことば、さまざまな地域のことばについて、考えてみませんか?
「言語復興の港」プロジェクトでは、沖永良部島、多良間島、竹富島、与那国島それぞれに伝わる昔話を題材とした4冊の絵本を出版しました。琉球のことばで語られる昔話を絵本の形で保存し、同時に、絵本を楽しみながら島のことばを聞く機会を増やし学ぶことを目指した取り組みです。絵本の制作・出版に当たり、クラウドファンディングで多くの方からご支援いただきました。
(https://readyfor.jp/projects/minato)
奄美群島沖永良部島において「しまむに」(島のことば)の公民館講座を2019年ごろから行っています。琉球列島で話されていることばは、島ごと、集落ごとに異なり、それらを少ない研究者で記録することは不可能です。ことばが消滅していくスピードにも追い付きません。地域の中でことばを記録する人を育成することが、この講座の一番の目的です。講座をきっかけに、自主的に記録活動を始めたり、言語学の研究手法で分析したり、方言の継承について議論したりする人たちが増えています。こうした地域の人々の主体的な活動があれば、ことばを保存・継承していくことが十分に可能です。