同じ漢字なのに、日本語と中国語では発音がまったく違うのはなぜですか。
確かに、日本語と中国語では漢字の発音がまったく違いますね。例えば「学生(がくせい)」は「シュエシェン(xué sheng)」、「日本(にっぽん/にほん)」は「リーベン(rì běn)」、「新聞(しんぶん)」は「シンウェン(xīn wén)」となります。この違いが、日本人の中国語学習者、中国人や台湾人の日本語学習者を戸惑わせる原因にもなっています。
そもそも、中国語は一つの漢字に対して発音は(原則として)1種類。ところが、日本の漢字の音読み(漢字音)は何種類にも分かれます。例えば「行」には「ギョウ/コウ/アン」の3種類の音があります。これを順に「呉音」「漢音」「唐音(とういん)」と言います。
呉音は最初に日本にやってきた漢字音で、四書五経や仏教経典などとともに伝来しました。現在でも「修行(しゅぎょう)」「勤行(ごんぎょう)」のような仏教語でよく使われます。一方、漢音は奈良~平安時代初期に遣唐使等を通じて伝来しました。現在では「急行(きゅうこう)」「行動(こうどう)」といった日常語でよく使われます。唐音は鎌倉時代以降に禅宗を通じて伝来したもので、現在でも「行脚(あんぎゃ)」「行灯(あんどん)」といった語として生きています。
以上の漢字音のうち、呉音・漢音のもとになった中国語音が「中古音」と呼ばれるもので、具体的には六朝期~唐代(6~9世紀)の発音を指します。この中古音には(現代の北京語とは異なり)有声声母(濁音)や入声韻尾(-k、-t、-pで終わる音)が含まれていました。例えば「学」は「ɣak」(ɣ-は有声軟口蓋摩擦音)という発音で、これが日本に伝来して「ガク」という発音で定着しました。「日」は「nit/zit」だったのが、日本では「ニチ(呉音)/ジツ(漢音)」で定着しました。「-k」「-t」という発音は日本語には存在しないので、母音を接続させて「-ク」「-チ/-ツ」とすることで、日本語音化させたわけです(これを「開音節化」といいます)。
ところが、その後中国語側の音韻変化により、特に北方では有声声母(濁音)や入声韻尾が消滅してしまいました。その結果、現在の北京語音では「学」は「シュエ(xué)」、「日」は「リー(rì)」という発音になっているのですね。
このように、中国語と日本の漢字音は、もとは同じ発音だったのが、日本では日本語音化し、中国でも音韻変化した結果、まったく違うものになったというわけです。
ところで、中国語にはさまざまな方言があることをご存知ですか。特に南方では、呉(ご)方言(浙江省、江蘇省、上海)、粤(えつ)方言(広東省、香港、マカオなど)、客家(はっか)方言(広東省東部など)、閩(びん)方言(福建省など)といった方言が話されますが、これらは中国語中古音の性格を色濃く残しています。また台湾で話される台湾語は閩方言の流れをくむもので、やはり中古音の性格を残しています。その発音を聴いてみると、「学生」は「ハックセン(ha̍k-seng)」、「日本」は「ジップン/リップン(Ji̍t-pún/li̍t-pún)」、「新聞」は「シンブン(sin-bûn)」。そう、北京語に比べて、台湾語音は日本漢字音に近い関係にあることがわかります。
ですから、中国語(北京語)を勉強していて「発音が難しい」と思ったら、台湾語や広東語、上海語などを合わせて勉強してみることをお勧めします。