ことばの波止場

Vol. 9 (2021年3月発行)

研究者紹介 : 野田尚史

研究者紹介018:野田 尚史

目的に合わせたさまざまな文法を求めて

研究者になったきっかけは?

いろんなことが積み重なってでしょうね。高校の理数科でプログラミングを学んで計算機に翻訳をさせたいと思ったり,大学のときにメキシコ人の留学生から「は」と「が」が難しいと聞いて日本語に興味を持ったり,久野暲の『日本文法研究』を読んで感激したり……。

大学院の入試のときには寺村秀夫先生がいてはったんですが,入学すると他大学に移ってはったんで,正式な師弟関係はありません。でも,寺村先生が『日本語のシンタクスと意味I』の原稿をホテルに缶詰になって書きはるときに声がかかり,修士課程を出たばかりの私が隣の部屋でその原稿を読んでコメントするということをしました。そういうことをしているうちに,日本語文法の世界に引き込まれました。

大学院に入るときは,スペイン語で日本語の文法書を書くのを一生の目標にしていました。幸いに最初の就職もスペイン語で国費留学生に日本語を教える仕事でした。そのあたりが研究と教育の出発点です。

これまでどのような研究を?

卒業論文も修士論文も日本語とスペイン語の対照研究で,文の主題をテーマにしました。いわゆる「は」と「が」の問題です。スペイン語には「は」も「が」もないんですが,その違いを語順で表しているという研究です。

その後は,自分がしようと思っている研究は締め切りがないので,ぜんぜん進まなくて,誘われたり頼まれたりした発表や原稿をこなし続けてきた感じです。成り行き任せですね。

私の若いときは現代日本語文法や日本語教育の研究が急に盛んになってきた時期で,でも,まだ研究者が少なかったので,実績がない20代の若造にもいろんな仕事が回ってきました。

日本語教育学会の『日本語教育』から「副詞の特集号に副詞についての原稿を」と言われたり,明治書院の『日本語学』から「複合辞の特集号に「~にちがいない/~かもしれない/~はずだ」の原稿を」と言われたり……。まったく考えたこともなかったテーマばかりでした。寺村先生からは留学生が日本語の文法を独習できる『日本語文法セルフ・マスターシリーズ』を出したいと言われ,「は」と「が」の使い分けを扱う第1巻を書きました。

そういういろんな注文に応えているうちに,研究範囲も,ヴォイス,モダリティ,とりたて,複文,文章・談話などに広がっていき,日本語教育やコミュニケーション,歴史的研究にかかわる研究も増えていきました。

今,関心を抱いているのは?

国立国語研究所では,日本語教育と対照言語学のプロジェクトにかかわっています。

日本語教育のほうでは,日本語学習者の読解と聴解で,どんなところに引っかかるのか,それはなぜかという研究をしています。そういう研究をもとに,「学習者が日本語を読むために必要な文法」,「学習者が日本語を聞くための文法」を作りたいと考えています。

たとえば,「「[名詞]が」が出てきたら,それはその後,最初に出てくる動詞や形容詞にしか係っていないよ。その動詞が「~ながら」や「~まま」などだったら,そこを通り越してそれより後の動詞や形容詞まで係っていくけど」といった文法です。「は」と「が」の使い方は初級段階で必ず習いますが,中級や上級になっても,日本語を読むときに,「~は」も「~が」も同じように文の最後まで係っていくと思っている学習者が多いです。

対照言語学のほうは,「だけ」や「さえ」「も」などの日本語のとりたて表現が他の言語でどのように現れるかという研究をしてきました。今はそれを広げる形で,主題や焦点について日本語と他の言語の対照研究を進めています。

対照研究というと複数の言語を比べるというイメージですが,現代日本語と古代日本語の対照研究や,日本語の方言どうしの対照研究も,たくさんの方に協力してもらって進めています。

今後の研究についてお願いします

若いときは未来が無限に広がっている気がしていましたが,だんだんそうでもなくなってきました。でも,まだやり残したことがあります。

大きく言えば,「目的に合わせた文法」ということです。さきほど学習者に必要な「読むための文法」,「聞くための文法」のことを申しましたが,「書くための文法」や「話すための文法」も必要です。そのほか,母語話者向けの文法とか,人間の言語に共通する原理を明らかにする文法なんかも……。それぞれの文法は,互いに大きく違うものになるはずです。

私ができることは限られていますが,多くの人に「目的に合わせたさまざまな文法が必要だ」と思ってもらえるようになれば,若い人たちも新しいテーマをどんどん見つけられるようになり,仕事に困らなくなると思います。

研究者紹介 018 : 野田尚史「目的に合わせたさまざまな文法を求めて」

野田尚史
のだ ひさし●日本語教育研究領域 教授。
1956年,金沢市に生まれる。大阪外国語大学の学部でスペイン語,大学院で日本語学を学ぶ。博士(言語学)。大阪外国語大学助手,筑波大学講師,大阪府立大学助教授・教授を経て,2012年から現職。