ことばの波止場

Vol. 14-1 (2024年11月公開)

特集 日本語は多様です!②:多様化の進む日本社会に生じる言語問題に挑む

PDFで見る

特集 日本語は多様です!②:多様化の進む日本社会に生じる言語問題に挑む

朝日祥之(国立国語研究所 研究系 教授), 鑓水兼貴(国立国語研究所 研究系 プロジェクト非常勤研究員)

「多言語・多文化社会における言語問題に関する研究」と題する国語研の共同研究プロジェクトが、2022年度から6年計画で進行しています。なぜ今、言語問題なのか。そもそも言語問題とは?このプロジェクトの目的は?
プロジェクトリーダーの朝日祥之さんとメンバーの鑓水兼貴さんがこれらの問いについて語り合います。

言語問題とは

鑓水:朝日さんはなぜ言語問題の研究プロジェクトを始めようと考えたのですか。

朝日:街を歩いていると目に入る看板や聞こえてくることばなどから、多文化・多言語化がさらに進んでいることに気付きます。このような多文化・多言語化の進む言語生活において、言語コミュニケーション上でどのような支障、つまり言語問題が起きているかについて、しっかり調査研究したいと考えました。

鑓水:言語問題というのは、新しいように思えて、実は昔からありましたよね。

朝日:そうですね。国語研では、生活の中でことばがどのように使われているか、言語生活の実態を把握するためのさまざまな調査研究を行ってきました。その中には、共通語と方言、敬語や外来語の使い方といった言語問題も含まれています。2000年代前半には、行政や医療という生活に欠かせない場で使われている外来語や専門用語について調査し、分かりやすい言い換えや説明を提案する「外来語言い換え提案」と「病院の言葉を分かりやすくする提案」も行っています。

鑓水:今回のプロジェクトでも2000年代前半と同様の調査が計画されています。

朝日:その経年変化を検証したいというのも、このプロジェクトを考えたきっかけの一つです。しかし、それだけではありません。国語研では、この10年ほど言語生活についての大規模な調査研究を行っていません。社会は変化し続け、ジェンダー、ダイバーシティー、SDGsなどの新しい概念も広がっています。多様化が進む社会でどのような言語問題が起きているのかを把握し、その解決のあり方をみんなで考えていく必要があります。

鑓水:言語問題は、さまざまなレベル、分野で起きていて、範囲は広いですよね。

朝日:しかも複雑に入り組んでいます。幅広く問題を把握できるように、行政や医療などの専門家と一般住民双方に対する社会調査を行います。同時にマイノリティーに起きている問題を把握するため、日本以外の国や地域を出身とする人とその子弟、ろう者も調査対象としています。

客観的で信頼できる情報を提供する

鑓水:言語は、他者とコミュニケーションを取るためのものです。誰もが自分の人生で培ってきた言語観を持っているので、ことばを批判されると、自分が批判されたように感じることもあります。例えば外来語の言い換えを提案するようなときには、社会調査に基づいた客観的な情報を提示することが重要ですね。

朝日:自治体からは、住民、特に海外出身者とその子弟が何を問題と感じ、何を必要としているかを示す資料、しかも学術的な調査方法で作成した客観的で信頼できる資料の提供を求められています。

鑓水:朝日さんは海外出身者とその子弟を対象とする調査も担当されていますが、そうした調査は日本語で行うのですか。

朝日:ウェブ調査では、回答者が答えやすい言語を選べるようにしています。フィールド調査では、海外出身者とその子弟を訪ね、日本語と出身国の言語でインタビューを行います。そして語りの中から問題と感じていることを拾い上げます。また、その日本語や出身国の言語に見られる特徴を把握します。

鑓水:そうした調査から見えてきた言語問題には、どのようなものがありますか。

朝日:群馬県内でインタビューした人は、幼少期から主に日本語を話していたのでポルトガル語をうまく話せなかったそうです。ブラジル人コミュニティーとつながりを持とうとポルトガル語で話しかけると「そんな言い回しはしない」と言われポルトガル語を話す自信を失った、と語っていました。ただし、ブラジルでの生活を経て帰国すると、地域で使われているポルトガル語がブラジルで使われていたポルトガル語とは異なっていたことを知ったそうです。このケースからは、継承語と呼ばれる家庭やコミュニティーで受け継ぐ言語の習得や使用をめぐる状況(図1)をうかがい知ることができます。

群馬県のNPO法人によって制作された「継承語としてのポルトガル語」Tシャツ
図1:群馬県のNPO法人によって制作された
「継承語としてのポルトガル語」Tシャツ

日本各地にある海外出身者とその子弟のコミュニティーでは、日常生活のやりとりに必要な日本語が身に付けば済むことから、日本語習得がある程度のところで止まってしまう場合があります。一方で、日本語を習得して日本人と変わらない生活をしている人もいます。何を問題と感じるかは人によって異なり一般化が難しいことも、調査から見えてきました。

鑓水:言語問題にはパーソナリティーも絡んできます。どうすれば個人差と社会全体の問題を有機的に関連づけて総合的に解析できるかは、今後の課題です。こういう性格の人はこういう言語使用をするという単純なものではないので、私もさまざまな分析を試しているところです。

朝日:客観的で信頼性の高い情報を蓄積して提供するためにも、たくさん集めた個々の事象を一般化するための方法論の開発を、このプロジェクトで進める必要があると考えています。

外来語に対する意識が変わりつつある

鑓水:2023年度には自治体の職員を対象に、「行政情報を住民に分かりやすく伝える言葉遣いの工夫に関する意識調査」を実施しました。結果はどうでしたか。

朝日:同様の調査を実施した2003年当時よりも外来語は増加傾向にあり、それを好ましいと感じる人が多いです。外来語を使うと通じやすく、便利だという理由が挙げられています。ただし、カタカナにしても難解さは変わらないという指摘や、外来語の氾濫で日本語の価値が損なわれると懸念する人もいます。

「外来語言い換え提案」は必要だと思う人の割合
図2:「外来語言い換え提案」は必要だと思う人の割合

興味深いのは、外来語を言い換えたり、注釈を付けたりするべきだと考える傾向が、若い層で増えていることです(図2)。情報の提供先が、日本語を第一言語とする人か、ほかの言語を第一言語とする人か、英語をよく知っている人か、知らない人かによっても、適切な言い換えや注釈が変わってきます。住民の多様化を前提に言い換えや注釈を付けるべきだという考えが、背景にあるのかもしれません。外来語が増加し生活に溶け込んでいるように見えるけれども、外来語に対する意識や対応が変わりつつあることが、調査結果の数字に表れています。

鑓水:2000年代前半と比べて、外来語が増えただけでなく、使われる外来語も変化していると思います。英語由来の専門用語をカタカナにしたものが多くなりました。どのような言語問題があるかを把握する際には、そうした対象そのものの変化、対象に対する意識の変化にも、注意を向けなければいけませんね。

朝日:2024年度は一般の人を対象に、外来語に関する意識や、外来語・専門用語の使用、理解についての調査を、調査会社を通じて行う予定です。

配慮や言語転移にも注視

鑓水:今後、注視すべきだと考えている言語問題はありますか。

朝日:言語行動における「配慮」のあり方です。この配慮は例えば、お願いするときの「すいませんが」といった前置き表現などを指します。

鑓水:国語研が愛知県岡崎市で1953年、1972年、2008年に実施した敬語と敬語意識の調査では、相手への配慮は調査をするごとに増加しています。年齢差では、若いうちは配慮が少なく、年を重ねると配慮が増えるという傾向がありますね。

朝日:コミュニケーションにおいて適切な表現を選ぶことができるかは、社会に出たときに誰もが直面する問題です。コンビニなどで働く人はマニュアル敬語を学んで使っていますが、この配慮表現を多様な言語使用場面で適切に使用できているか、またそのあり方についても関心を持っています。加えて、手話でのコミュニケーションにおける配慮のあり方は、音声言語のそれとは異なります。そのため、ろう者とのコミュニケーションで支障が生じることもあります。このような配慮をめぐる言語コミュニケーションにおける言語問題にも調査研究を進めていきます。

もう一つが言語転移です。日本語を習得するとき、第一言語や出身国の言語による影響が出てきます。そのような現象を言語転移と呼び、日本語の場合、発音だけでなく文法や語彙にも影響が見られます。日本語以外を第一言語とする人が増えるにつれて、日本語にこれまでとは異なる変化が生じる可能性があると考えています。

鑓水:何が日本語なのか、という問題につながりますね。これは方言の例ですが、関東地方では「片づける」という意味で「かたす」ということばを使います。共通語化が進んで一時期は衰退していましたが、ほかの地域から関東に移り住んだ人が「かたす」を共通語だと誤解して使うようになり復活した、という報告があります。同じように、日本語を第一言語とする人が、日本語を第二言語または外国語として話す人から影響を受ける、ということもあるでしょうね。

朝日:絶えず変化する日本語を捉え、言語コミュニケーション上で起きている問題を把握し、その解決をみんなで考える。これは日本語のあり方や、日本語がどう変わっていくかを考えることにもつながります。それが、この言語問題プロジェクトの最終的な目標です。