第3号(2000年4月1日発行)
言語行動研究部第一研究室長 尾崎 喜光
ここ数年、中学・高校での学級運営・学校運営の困難さが、「学級崩壊」「学校崩壊」という言葉でよく話題にされます。教育現場の先生方にとっては本当に頭の痛い、難しい時代になったと思います。
学級運営・学校運営を考える上で、生徒たちの言葉遣いをどう指導するかは、現場の先生方にとって避けて通ることのできない問題だと思います。これを考えるに当たっては、当の生徒たちがいったい言葉をどう考えているのか、また実際どう言葉を使っているのかを把握し、それを土台に議論する必要があるでしょう。
そのような目的で、国立国語研究所では学校の中での生徒たちの言葉遣いを調査しました。言葉遣いの中でも「敬語」を中心に、生徒たちの意識や使用の実態を探りました。ただ「敬語」と言っても、狭い意味での「敬語」だけに限定せず、実際に敬語と同じように機能している表現(例えば相手の呼び方や返事の仕方など)にまで拡大して調査項目としました。調査対象は、東京の中学・高校、大阪の高校、山形の中学です。
次のグラフは、生徒たちが学校生活のどのような場面で言葉遣いに気を使っているかを尋ねた結果です(東京の中学の場合)。
数値が高いのは「クラブ活動で先輩と」「職員室で先生と」「来客に尋ねられて」です。逆に数値が低いのは「授業中に指名されての意見」「クラス討論で意見」「クラスの中で異性同級生と」「生徒会で意見」「クラブ活動で先生と」です。前者は〈人〉に対する気遣い、後者は主として〈場〉に対する気遣いです。
つまり、学校生活の中で生徒たちが言葉遣いを気にするのは、クラスや生徒会での発言といった〈場の改まり〉よりも、目上や知らない人との〈社会的・心理的距離〉といえそうです。
「クラブ活動で〈先生〉と」よりも「クラブ活動で〈先輩〉と」の数値が高いのも注目されます。クラブ活動では先生よりも先輩のほうが気の張る相手と意識されているようです。
このように、相手や場面により気を使う度合いに違いのあることが確認されます。ということは、個々具体的な表現についても、相手や場面により使いやすい表現・使いにくい表現の違いのあることが推測されます。
次のグラフは、自分を指す表現のうち、男子の「ボク」と女子の「ワタシ」の使用率を相手別に示したものです(東京の中学と山形の中学の場合)。
いずれも、相手が友達の時よりも先生の時に一層使う傾向が認められ、改まった言葉と意識されていることがわかります。なお、「使い分け方」に地域差が見られます。山形では相手による差が大きいのに対し、東京ではそれほどでもなく誰に対しても比較的よく使われています。
調査報告書の刊行の準備は現在最終段階です。近く皆さんに御覧いただける予定です。
「学校の中の敬語」調査(アンケート調査)のデータ公開:http://www.ninjal.ac.jp/archives/gakkoukeigo/
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。