国語研の窓

第5号(2000年10月1日発行)

外国での研究生活:中国外来語事情

日本語教育センター第四研究室 井上 優

昨年9月から今年7月まで、北京外国語大学にある北京日本学研究センター派遣教授として北京に滞在しました。滞在中に見聞きしたことがらのうち、今回は中国の外来語事情について紹介します。(“ ”内は中国語。便宜上、中国語も日本の漢字で表記します。)

中国は漢字の国です。日本語の仮名のように音だけを表す文字はありません。そのこともあって、外来語を取り入れる場合には、漢字の意味を利用した意訳語をつくることがごく普通におこなわれます。例えば、“電脳”(コンピュータ)、“伝真”(ファックス)、“互聯網”(インターネット)、“機器猫”(「ドラえもん」の中国名:“機器”は機械の意)といった具合です。“硬盤”(ハードディスク)、“熱狗”(ホットドック)、“微軟”(マイクロソフト社の中国名)のような直訳的なものもあります。

もちろん、すべての外来語が意訳というわけではなく、“可楽(コーラ―)”(コーラ)、“沙発(シャーファー)”(ソファー)、“奔馳(ぺンチ―)”(ベンツ)、“カラオケ(カーラー)OK”(カラオケ)など、漢字の音を利用した音訳語もかなりあります。(“可楽”“奔馳”などは漢字の意味を利用した一種の言葉遊びになっています)。人名や地名も、漢字で書かれるものを除き、基本的に音訳です。おもしろい例としては、香港から入った若者語の“酷(クー)”があります。これは英語のcoolの音訳で、「りりしくて格好いい」「いかす」という意味です。“酷酷酷!”と文字が並んだ広告もありました。とはいえ、全体としては音訳語は少数派であり、日本語のように何でもカタカナで音訳してしまうのとはかなり趣が異なります。特に、専門用語は大部分が意訳であり、日本のように公共の文書にカタカナ語が並ぶということはありません。

このように言うと、「外来語が氾濫している日本は中国を見習うべきだ」と思われるかもしれません。確かに外来語の過剰な使用は滑稽ですが、かといって、日本語に中国語の真似ができるわけではありません。例えば、いかにドラえもんが‘ネコ型ロボット’だといっても、「機械猫」ではアニメの主人公の名前にはならないでしょう(最近、‘トゥオーラーAモン(トゥオーラーAモン)’が新しい中国語名として発表されました)。「マイクロソフト」「ホットドッグ」をそのまま“微軟”“熱狗”と直訳する感覚も日本語にはないものでしょう。‘ハードディスク’のような特定の機器の名称として、“硬盤”のようないかにも一般名称的な語を用いるというのも、日本語では意外に難しいものです。“因特網(インターワン)”(インターネット)のように語の一部だけを音訳することも日本語では困難です。(「インター網(モウ)」では何とも不自然)。言語は、音・文字・文法・意味などの要素が微妙なバランスで結びついたものであり、そのバランス感覚は言語によって異なります。外来語の受容もそれぞれの言語のバランス感覚に基づくものですから、外国語のやり方を見習うといっても、おのずと限界があるのです。

中国語外来語クイズ(1~9は意訳、10~19は音訳、20は意訳と音訳の混合)
中国語外来語クイズ(1~9は意訳、10~19は音訳、20は意訳と音訳の混合)

 

(答)
1.エレベータ 2.フロッピーディスク 3.スーパーマーケット 4.ホットライン 5.ラジオ 6.ウォークマン 7.ビタミン 8.サザン・オールスターズ 9.フォルクスワーゲン(Volkswagen:ドイツ語で「民族車、大衆車」) 10.(コンピュータ)ハッカー 11.Eメール 12.Tシャツ 13.TOEFL 14.うどん 15.ボウリング 16.ウルトラマン 17.サントリー 18.スーパードライ・ビール 19.クリントン 20.ケンブリッジ

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。