第36号(2008年7月1日発行)
ある言葉が世の中でどれくらい使われているかを調べる場合,大きく二つの観点が考えられます。
一つは,人々により書かれたり話されたりした言葉を大量に集め,その中に当該の言葉がどれくらい出現するかを分析する観点です。
もう一つは,言葉の発信者,つまり書き手や話し手に注目し,当該の言葉を使う人が世の中にどれくらいいるかを分析する観点です。
前者は言語使用を言葉そのものから見,後者はそれを言葉の使用者から見ることになります。
言語使用の研究はこれら二つの観点から総合的に進められるのが望ましいでしょう。例えば「見れる」という表現ですが,世の中でどれくらい使われているのか,またそれを使う人はどれくらいいて,年齢差・性差・地域差はどうなっているのかの把握です。
話し言葉,中でも日常場面での話し言葉は,話し手により使用が異なる面が少なくありません。そのため使用者という観点は研究に不可欠です。
話し手により使用が異なるということは,他者の言葉に接したとき違和感を持つ場合がありうるということにつながります。とりわけ,他者への配慮を示す表現に年齢差や地域差がある場合は,相手を誤解する可能性もあります。話し手という観点からの研究は,単に言葉の多様性を把握するだけでなく,言葉の誤解を考えるための基礎研究ともなります。
他者への配慮が現れやすいコミュニケーション場面の一つとして,困っている人に対し援助を申し出る場面を考えてみましょう。
例えば,知っている目上の人が重い荷物を持っていて,代わりに自分が持つことを申し出るとします。相手が友達や家族であれば「持ってやろうか?」のように「~てやる」が普通に使えますが,目上の人に「持ってやりましょうか?」は一般に使いにくいと思われます。敬語を含む「~てあげる」や「~てさしあげる」に置き換えても同様です。こうした「授恵表現」には恩着せがましさ,今風の言葉で言えば“上目線 ”のニュアンスが伴うからです。
しかし,こうした場面で授恵表現が使えるかどうかには,年齢差や地域差があるようです。
2007年 3月に民間の調査会社に委託して全国の 1,343人を調査し,発話回答中に授恵表現があるかないかを分析しました。
全体としては「あり」は 10%と少数派でしたが,年齢層別に分析すると,図1のように「あり」の数値は高年齢層ほど高くなります。また,地域別に分析すると,図2のように「あり」の数値は東北地方で高くなります(括弧内の「 N=」の数値は回答者数。グラフ中の数値は小数点第一位の処理のため合計が 100にならない場合があります)。
図1 目上の人に対する授恵表現(年齢層別)
図2 目上の人に対する授恵表現(地域別)
このように実際に調査してみると,授恵表現の使用には地域差や年齢差があることが分かります。
年齢や地域が異なる人とこのような場面で話をして違和感を持つとしたら,こうした年齢差や地域差が背後にあることが一因として考えられます。
なお,詳しい分析については拙稿「援助申し出場面における授恵表現『~てやる/~てあげる/~てさしあげる』の使用」(『待遇コミュニケーション研究』第 5号,2008年)を御覧ください。
(尾崎 喜光)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。