国語研の窓

第40号(2009年7月1日発行)

研究室から:「生活のための日本語」全国調査について

日本で生活する外国人の言語学習環境

昨今,日本社会の中には,日本語を母語としない人,日本以外の国で生まれ育ち,他の文化・社会を背景に持つ人たちの割合が増えてきています。こうした人々の日本語学習の状況はどうなっているでしょうか。

就労を主な目的として来日した人々のほとんどは,継続的な学習を行うための公的支援を得ることができません。地域のボランティアによる日本語教室はあっても,場所や曜日・時間帯の折り合いがつかない,ということもあるのです。欧米諸国で,他国からの移民が無料あるいは低額でその国の言葉を学べる機会を提供しているのとは対照的です。

こうした人々に日本語の学習機会を提供・保障していくためには,「日本に暮らす外国の人々は,実際のところどのような日本語を必要としているのか」ということを把握する必要があります。こうした問題意識の下,これまで各地の国際交流協会等で外国人の言語学習環境・学習ニーズに関する調査が多数行われてきました。しかしこれらの調査は,いずれも対象者や地域などが限定的であり,また質問項目も調査によりまちまちでした。このため「全国的に見てどうか」ということが分からず,また言語学習環境・学習ニーズに関する地域ごとの特色をお互いに比較することもできませんでした。

全国調査の結果から

そこで,日本語教育基盤情報センターの学習項目グループ及び評価基準グループは,日本学術振興会の科学研究費補助金(課題番号:20320074)の助成を受け,「日本で暮らす外国人が,どういう場面で,どういった言語行動を実際に行っているのか」ということについて,全国的規模でのアンケート調査を実施しました。

今回の調査では,日本で暮らす外国人に対し,日常的な社会活動の中から選んだ14場面(及びテーマ)105項目の言語行動について,「接触頻度(言語を問わず)」「日本語による行動の可否」「学習ニーズの有無」を尋ねることにしました。図に示したように,全国から20の都道府県を選びアンケートを実施したところ,1,662人から回答を得ることができました。

図:アンケート調査の調査地点と回答者数(人数)
図:アンケート調査の調査地点と回答者数(人数)

この調査からわかったことの一つは,「火災・救急や警察に電話する」「災害・事故時に他の人に助けを求める」といった「緊急事態」の場面や,「薬に関する説明を聞く」「診察時,医師や看護師とやりとりをする」といった「医療」の場面で使うことばについて,学習ニーズが高いということでした。105の項目の中には,日本語でできないという人が非常に多いにもかかわらず,学習ニーズがそれほど高くないというものもあります。しかし,こういった緊急事態や医療にかかわる行動については,日本語でできる人も相当数いる上に,できない人のほとんどが「日本語でできるようになりたい」と答えていました。緊急事態や医療にかかわる日本語は,生活していく上でなくてはならないものと捉えられていることが,データからも改めて確認されたといえます。

今回の調査では,日本人に対しても,「どのような場面で外国人と接触しているか,その場面でのやりとりにどの程度の困難を感じるか」ということも調べました。外国人・日本人調査双方の結果をまとめた「速報版」は,以下のサイトでご覧いただくことができます。
  http://www.kokken.go.jp/katsudo/seika/nihongo_syllabus/reseach/

今後の分析

前述のように,今回の調査の特長は,「全国規模で,同じ項目によって質問を行った」というところにあります。このため,全国平均と比較することで,ある特定の地域における接触場面の特徴や学習ニーズの特殊性をあぶりだすこともできます。

こうした分析も交えた詳細な最終報告は,平成21年度中に公開予定です。

(金田 智子,宇佐美 洋)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。