ことばの疑問

こどもが言語を身につける時に、王道の順番はありますか

2025.05.26 広瀬友紀

質問

1歳4ヶ月の娘がことばを覚えていくのを日々楽しんでいるのですが、身体部位のうちまっさきに覚えたことばが「毛」だったのには驚きました。こどもが言語を身につける時に、王道の順番はあるのでしょうか。

こどもが言語を身につける順番

回答

最初に発した言葉、「ママ」かな、「パパ」かな、「まんま」かな。「いないいないばあ」の「ばあ」も上位にランクインするようですね。どんな単語を早く言うようになるか、と考えてみると、赤ちゃんにとってどれだけ身近な存在か、ということはおおいに関係ありそうですが、それに加えて、どういう音が習得されやすいか、といういわば王道の順番があります。

まず、あいうえおの5つの母音のなかでは、口の開いた部分が一番大きくなる「あ」の母音が他の母音より習得されやすい傾向があります。たしかに「ママ」「パパ」「まんま」「ばあ」どれも「あ」またはア段の音からなっていますね。母音の違いは、主に舌がどれくらい下がっているか、あるいは盛り上がっているか(高低)、盛り上がっているならその位置が前のほうか後ろのほうか(前後)、というところから生まれます。「あ」は舌を盛り上げなくてもよい、その結果口のなかの空間がいちばん大きく使える母音です。その結果よく響いて聞こえやすい母音なので、きっと赤ちゃんたちに人気なのですね。

母音の舌の位置を表した図

子音についてはどうでしょう。カ行〜ワ行まで、子音にはたくさんの種類がありますが、発音するのに主に口のどの部分を組み合わせて使うか、またその際そこでどのように、息の流れに特徴を与えるか、の違いがこれらの様々な子音の違いを生みます。なかにはとても微妙で複雑な、あるいは外から観察しても見えにくそうな組み合わせや動き方もありますが、逆に身に付けやすそうな組み合わせといえば何でしょうか。

「口のどの部分」でいえばわかりやすいのは何と言っても両唇。なかでも、唇を閉じる動きが伴う音は、発音している様も見えやすく、赤ちゃんにとっても模倣・確認しやすい音にもなります。それでいえばマ行、バ行、パ行は、両唇を閉じてから離すという動きを共通して持っていることになります。さらにそれらを母音「ア」と組み合わせた「マ、バ、パ」はまさに最強ですね。幼児語にも多く登場しますし、おむつなど赤ちゃん用品の商品名にもよく使われるのは、大人もそうした『王道』を知らず知らずに理解しているからでしょう。(なので、まっさきに「毛」は意外でした!)

これは日本語だけでしょうか? 「ママ」「パパ」は西洋語由来だけど、中国語でも母・父のことをそう言うと習って驚いた人もいるでしょう。そう、この、どういう音が習得されやすいか、という「王道の順番」は、おおむね言語共通だといわれているのです。世界には数多くの言語があって、使われる母音や子音の数も異なります。そして、習得の順番で有利なこうした特徴を持つ音は、多くの言語に共通して存在するという傾向もあるのです。母音が「あいうえお」より少ない言語はあるけれど、a はたいていの言語にあるとか、また例えば m の子音はあるけど k はないという言語はあり得るけど、逆はレアだというような傾向があり、特定の特徴やその組み合わせを持つ音が「王道」なのは習得の順番だけに限らないのです。

さて「王道の順番」の話に戻って音声以外の面も見てみましょう。子どもの初期の語彙には、名詞と動詞どちらがより多そうでしょうか。おおむね、動詞よりも名詞のほうが早いということが言われていて、それは日本語だけでなく他の多くの言語でも同様だそうです(どうやら中国語はその限りでないようですが)。赤ちゃんにとって現実世界で見たり触れたりする人・モノと直接結びついている名詞のほうが数も多そうだと実感としてうなずける結果ではありますが、それだけではありません。

子どもが、未知の語に出会うとき、その語が現実世界のどの部分を切り取っているのか、その意味範囲はどのあたりか、という情報がもれなくついてくるとは限りません。大人が知らない語を辞書で引けば答えが得られるのとは違って、小さい子どもは自力で推測するのです。針生さんと今井さんの行った実験(今井むつみ、針生悦子『言葉をおぼえるしくみ―母語から外国語まで―』を参照)では、架空語、例えば「ネケ」を子どもに対して、いろんな物体や人形を指すものとして紹介したり、あるいは「ネケっているよ」という表現で、適当な道具を使った動作を示すものとして紹介したりして、架空語がどのような意味範囲を持つものとして推測されやすいかが調べられました。

例えば「見て、ネケってるよ」と言いながら、ボールを手でくるくる回す動作を見せたあとで、別の道具を同じようにくるくる回す動作を見せたところ、5歳児では、道具が違ってもくるくる回す動作そのものを「ネケっている」の意味として理解した一方、3歳児の場合は回す対象がボールでなくなった場合は「ネケっている」という表現と結びつけることができなかったと報告されています。動詞の習得においては、対象物や動作主が誰か・何かという情報と独立して動作だけを意味の対象として取り出す必要がままありますが、それは3歳児にとってまだ難しいのだということがいえるでしょう。

それをいうなら、名詞だって、あるぬいぐるみを指して「ネケ」と言われても、それは「ぬいぐるみ」というモノのジャンルをいうのか、そのぬいぐるみが表している動物の種類をいうのか、それはぬいぐるみで表された場合限定なのか(テディベアみたいに)、はたまたその個体に名付けられた愛称と考えるのか。傍目には目の前のその物体と、「ネケ」という未知語の対応が理解できたように見えたとしても、その子が一体その語をどういう意味範囲で理解しているのかまでわからないし、それは妥当なのかの保証もありません。

実際往々にして、誤って理解されることもあります(動くものはぜんぶ「ワンワン」とか)。ある状況で提示された未知語の意味が、最初はどのように推測されがちで、それがどのような情報により修正されるのか、というところにも目を向けて子どもを観察すると、そこにもいわば王道の順番があるかもしれませんよ。

書いた人

広瀬友紀

広瀬友紀

Hirose Yuki
ひろせ ゆき●東京大学 大学院総合文化研究科 教授
大阪府出身。専門は心理言語学、特に、人間のリアルタイムな言語理解・処理の研究。言語発達過程の子どもにも関心を寄せる。著書に『ちいさい言語学者の冒険―子どもに学ぶことばの秘密―』『ことばと算数―その間違いにはワケがある―』(ともに岩波書店)、『子どもに学ぶ言葉の認知科学』(筑摩書房)。

参考文献・おすすめ本・サイト

参考になる文献

  • 今井むつみ、針生悦子(2014)『言葉をおぼえるしくみ—母語から外国語まで—(ちくま学芸文庫)』筑摩書房
  • 川原繁人(2017)『「あ」は「い」より大きい!?—音象徴で学ぶ音声学入門—』ひつじ書房
  • 広瀬友紀(2017) 『ちいさい言語学者の冒険—子どもに学ぶことばの秘密—(岩波科学ライブラリー)』岩波書店