ことばの疑問

外国人の子どもが、親の母語を使えないケースがあるのはなぜですか

2023.05.10 滕越

質問

外国人の子どもが、親の母語を使えないケースがあるのはなぜですか。

親の母語を使えない子ども

回答

法務省の統計によると、日本に滞在している15歳以下の外国人の子どもは、25万人以上に上ります(2021年12月現在。法務省『在留外国人統計』)。日本の小中学校では、1990年代から「国際教室」、「日本語教室」と呼ばれるクラスが設けられ、外国人の子どもたちの日本語学習のサポートが行われています。

しかし、外国人の子どもが、自分たちの親の母語を十分に使うことができるとは限りません。ここでは、子どもが言語を学ぶ際に重要な「家庭」と「学校」という二つの場を軸に、その理由を考えてみましょう。なお、子どもたちが日本に来た時の年齢や家族構成などの要因によって、言語能力は大きく異なりますが、ここでは、両親ともに外国人で、日本で生まれた、または、小学校に入学する前の幼い年齢で日本にやってきた子どもたちについて見ていきましょう。

なお、外国人の子どもの言語使用については、両親の母語を「継承語」、家庭以外の社会で使用される言語を「現地語」と表します。例えば、中国人の両親のもとに日本で生まれ、日本の学校に通う子どもにとっては、中国語が「継承語」、日本語が「現地語」です。

両親の母語が「継承語」、家庭以外の社会で使用される言語が「現地語」

就学前の家庭での言語使用

外国人の両親を持つ子どもは、保育園や小学校に入る前の家庭内では、両親から継承語のみで育てられることが多いです。しかし、両親の日本語能力や教育方針によっては、幼少期から日本語と継承語の両方を使用する、あるいは、日本語のみを使用する家庭もあります。また、住んでいる地域にもよりますが、様々なメディアや地域での生活を通して、幼少期から日本語に触れていることが多く、完全に継承語のみの環境で育つ子どもは、それほど多くはないと考えられます。

就学後の言語使用

小学校に通う年になると、子どもたちの言語使用の環境は大きく変わります。外国人の両親を持つ子どもたちのうち約 85%は、一般的な国公私立の小中学校に入学し、すべての教育を日本語で受けます(2021年5月1日現在。文部科学省『外国人の子供の就学状況等調査結果の概要』)。就学前に継承語のみを聞いて育った子どもたちは、入学してすぐは日本語での学習に苦労する場合も多いです。ですが、日本語での授業に慣れると、先生や友達とのコミュニケーションを日本語でとるようになります。また、学年が上がるにつれ、抽象的な概念を理解したり、論理的な思考を行ったりする学習活動が増えますが、その中でも子どもたちは日本語を使用します。そのため、日本語能力は年齢に応じてどんどん成長していきます。

一方で、家庭内のみで使われる継承語は、使用場面が日常生活のみに限られるため、年齢に応じた言語能力の向上は難しくなりがちです。その結果、子どもたちは、両親との受け答えも次第に日本語を使うようになり、継承語能力が著しく下がったり(朱睨淑「外国人児童の母語保持・育成に関わる要因 : 会話力テストの結果から」、真嶋潤子『母語をなくさない日本語教育は可能か―定住二世児の二言語能力―』)、就学後最短2~3年で、継承語が話せなくなってしまったりする、という研究結果もあります(ジム・カミンズ、中島和子『言語マイノリティを支える教育』、p.67)。

こどもの就学後における日本語と継承語の変化(日本語能力は成長し、使用場面が日常生活のみに限られる継承語の言語能力向上は難しくなりがち)

なお、外国人の両親を持ち、インターナショナルスクールや外国人学校(ブラジル人学校、朝鮮学校、中華学校など)に通う子どもたちもいます。これらの子どもたちの言語発達は、一般的な国公私立の小中学校に通う子どもたちとは大きく傾向が異なり、継承語の維持発達のチャンスは比較的多いと言えます。

外国人の親を持つ子どもの言語使用のこれから

先ほど挙げた「家庭」と「学校」以外にも、様々な要因が外国人の親を持つ子どもの言語能力に影響します。例えば、継承語がどの言語なのか、住んでいる地域で継承語が使われる度合い、親の母国の親戚とのつながりの強さ、読書などによる継承語学習の有無、将来設計(親の母国に戻るかどうか)など、が挙げられます。そのため、子どもたちの継承語の能力は、「全くできない」、「聞いてわかるが自分では話せない」、「日常会話はできるが抽象的な思考は難しい」、「日本語と同じくらいできる」、「日本語よりも得意」など、様々なパターンがみられます。

このように、継承語の維持や発達は決して容易ではありません。ですが、子どもが継承語を学ぶことは、親との絆を深めたり、学校での教科学習を促進したり、子どもたちの自己肯定感を育んだりするうえでプラスであると言われています。最近では、公立の学校でも、子どもたちの継承語を使った日本語指導や、継承語学習を促すプログラムの編成が行われている例があります。また、海外では、数学、社会などの教科学習で、その国で主に使われている言語と継承語の、二つの言語を使って学習する「バイリンガル教育」が行われている国もあります。

書いた人

植物(多肉とサボテン)

滕越

TENG Yue
とう えつ●国立国語研究所 共同研究員。お茶の水女子大学特任アソシエイトフェロー。東京大学 大学院総合文化研究科 博士後期課程。東京音楽大学 非常勤講師(中国語)。
中国に生まれ、幼少期の8年間を日本で過ごし、その後も日本と中国の間を往復する人生を送っています。その経験を活かし、幼少期に日本と東アジアの別の国を移動した子どもの言語使用とアイデンティティについての研究を行っています。その他、年少者日本語教育、バイリンガルの子どもの言語発達、ことばを使う人の言語意識にも興味があります。

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