ことばの疑問

新型コロナウイルスが流行している中で、「やさしい日本語」はどのように使われていますか

2023.01.17 滕越

質問

新型コロナウイルスが流行している中で、「やさしい日本語」はどのように使われていますか。

新型コロナウイルス流行下での「やさしい日本語」

回答

「やさしい日本語」とは、日本語を母語としない人への情報の伝わりやすさを目指して、文法や語彙をわかりやすく言い換えた日本語のことです。例えば、「土足厳禁」を「靴(くつ)をぬいでください」、「ご用件を伺います」を「どうしましたか」に言い換える例があります。1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、災害時・非常時の情報提供の手段として活用が始まりました。この「やさしい日本語」が、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、さらに多くの場で利用されるようになっています。ここでは、行政、メディア、医療現場で、「やさしい日本語」がどのように使われているかを見ていきましょう。

「やさしい日本語」の例文。「土足厳禁」を「靴(くつ)をぬいでください」、「ご用件を伺います」を「どうしましたか」に言い換える

行政における「やさしい日本語」の使用

中央省庁や地方自治体では、外国人住民に向けて「やさしい日本語」での情報提供を行っています。例えば、厚生労働省や法務省では、新型コロナウイルス感染症の予防方法、医療機関の受診方法、給付金、雇用や就労、在留資格などについて、「やさしい日本語」で書かれたホームページを開設しています。また、多くの地方自治体でも、各都道府県の感染状況や知事からのメッセージ、保健所などの情報が、「やさしい日本語」でアクセスできるようになっています。東京都や大阪府では、「やさしい日本語」版の新型コロナウイルス感染症対策サイトがあり、外国人住民も日本語を母語とする人と同じレベルの情報が得られるようになっています。

メディアにおける「やさしい日本語」での情報発信

行政だけでなく、メディアでも「やさしい日本語」での情報発信が広がっています。例えば、NHK では、NHK WORLD や NEWS WEB EASY などで、すでに「やさしい日本語」を含む多言語でニュースが発信されていますが、新型コロナウイルスに関しても、特設ページが開設されています。また、民間でも、メディアサイトやSNSを通して、「やさしい日本語」での新型コロナウイルス情報の発信が増えており、若者からお年寄りまで、幅広い年齢層の外国人住民に向けた情報提供の形が模索されています。

医療現場における「やさしい日本語」の活用

医療現場でも、「やさしい日本語」を活用する取り組みが行われています。通常時では、日本語での受診が難しい外国人は、通訳者同伴で病院にかかることがありますが、新型コロナウイルス感染症の検査では、感染の恐れがあるため、通訳者の同行は難しいです。そこで、順天堂大学医学部では、医療現場での外国人とのコミュニケーションをよりスムーズにするため、新型コロナウイルスの検査で使える「やさしい日本語」の表現を動画にまとめました。この動画は YouTube で公開され、すでに12,000回以上再生されています(2022年7月18日現在)。

「やさしい日本語」のこれから

このように、新型コロナウイルス感染症が広がる中、「やさしい日本語」は行政、メディア、医療など、幅広い場で使われています。しかし、言い換えのわかりやすさにばらつきがあったり、「やさしい日本語」版のウェブサイトを見つけるのが難しかったり、通常の日本語版と比べると情報の量が不十分であったりと、残された課題も多いです。

また、残念ながら、「やさしい日本語」での情報発信に対し、「その日本語は正しくない」といった指摘や、「外国人ではなく日本人のために報道して」という声もあります。これらについては、マジョリティ(日本語母語話者)側の意識を引き続き変えていく必要があると言えます。例えば、日本語の「正しさ」だけに目を向けるのではなく、「なぜそのように表現するのか」や、「そのように表現することで何が伝わりやすくなるのか」を考えてみるのはどうでしょうか。また、「やさしい日本語」での報道は、決して外国人のためだけではありません。近年では、子どもやお年寄り、障がい者の方にもわかりやすいことばとして、また、災害時・非常時だけではなく、通常時の情報提供の有効な手段として注目されるようになっています。今回の新型コロナウイルス感染症を一つのきっかけとして、さらに多くの場面で「やさしい日本語」が使われるようになることが期待されます。

「やさしい日本語」での報道は決して外国人のためだけではない

書いた人

植物(多肉とサボテン)

滕越

TENG Yue
とう えつ●国立国語研究所 共同研究員。お茶の水女子大学特任アソシエイトフェロー。東京大学 大学院総合文化研究科 博士後期課程。東京音楽大学 非常勤講師(中国語)。
中国に生まれ、幼少期の8年間を日本で過ごし、その後も日本と中国の間を往復する人生を送っています。その経験を活かし、幼少期に日本と東アジアの別の国を移動した子どもの言語使用とアイデンティティについての研究を行っています。その他、年少者日本語教育、バイリンガルの子どもの言語発達、ことばを使う人の言語意識にも興味があります。

参考文献・おすすめ本・サイト