国語研が行ったような、外来語を分かりやすく言い換える取り組みは、他の国でも行われているのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』19号(2006、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
国際化が進み、地球規模で情報が行き交う現代、外来語の受容については各言語避けて通れない問題になっているようです。外国の言葉を自国語の文脈の中に取り入れる場合、どの言語の場合でも、基本的には「音訳」と「意訳」という手段が講じられています。
中国の場合を見ると、地名や人名などの固有名詞の言い換えは新華社通信の刊行物(各国語に対応する訳音表)が一応の基準となります。ほとんどが音訳(例えば「意大利 yidali(イタリア)」や「爱因斯坦 aiinsitan(アインシュタイン)」など)ですが、中には、「牛津 niujin(オックスフォード)」や「旧金山 jiujinshan(サンフランシスコ)」のような意訳の例もあります。
学術用語、特に科学技術分野の外来語表記については、「全国科学技術名詞審定委員会」という科学技術院に所属する機関が定期的に用語の選定作業を行い『科技名詞』という刊行物を通して公布しています。
例)
随身听 suishenting(ウォークマン(ヘッドホンステレオ))、电脑 diannao(コンピュータ)、电视机 dianshiji(テレビ)、超级市场 chaojishichang(スーパーマーケット)
以下では、日本とは異なり純化政策としての色彩が強い、フランスと韓国の事情についておおまかに見てみることにします。
1960年代後半から「フラングレ(英語の音が混じるフランス語)」に対する批判が知識人の間で根強くあり、80年代以降は、特にコンピューター用語などについて、「アカデミー・フランセーズ」や文部省が用語の推奨をすることが度々ありました。公の機関以外では、例えば、「ウォークマン(ヘッドホンステレオ)」を「バラダール」(散歩する人の意)〔家電を扱う大手書店が商品名に採用、それが広まった〕、「Eメール」を「クリエール」(クリエ「手紙」とエレクトロニーク「電子的」の前半をくっつけたもの)〔カナダで使用されているのを受けて社会言語学者たちが推奨〕といったような例もありました。
マスコミで報道されるような時事性のある外来語については、政府と韓国新聞放送人協会が共同で組織した「政府言論外来語審議共同委員会」で、1991年以降、ハングル表記を決定しています。
また、韓国語全般については国立国語院が言い換え語の提案を行っています。以前は日本語からの借用語を韓国固有の言葉に言い換える提案が多かったようですが、最近は欧米語からの言い換え提案が多くなっているようです。提案の内容は『国語純化資料集合本(国立国語院刊)』に約21,000語が掲載されています。それら言い換え語のほんの一例を紹介しましょう。
와리바시(割り箸)→젓가락(木の箸)、가라오케(カラオケ)→녹음반주 (노래방)(録音伴奏付き(歌の部屋)の意)などは「純化した用語のみの使用」が提案されています。
스키야키(すき焼き)→일본전골(찌개)(日本式寄せ鍋の意)、CAD→전산 도움 설계 제조(電算補助設計製造の意)などは「できるだけ純化した用語の使用」という範疇に分類されています。
벙커(バンカー〔ゴルフ用語〕)→웅덩이(へこみの意)、명찰(名札)→이름표(名前札の意)などは両者の使用が許容されています。
一方、国立国語院では、オンライン上で、外来語の言い換えを国民から募る運動も展開しています(http://www.malteo.net、韓国語)。
ここでは、毎週言い換えたい外来語の提案を受け付け、それについて言い換えたい語の候補を募集し、その候補について参加者の投票をもって言い換え語の決定を行うという手順をとっています。
例えば、フィッシング(phishing)について言い換え語を募集した際は、参加者からは「정보도둑(情報盗賊)」「정보털이(情報盗み人)」「누리치기(世の中だまし)」など5種類の言い換え語が寄せられ、これら言い換え語の候補に対する人気投票(656人が投票、それぞれ45%、24%、12%の得票)の結果、「情報盗賊」が言い換え語として採用されました。このようにして決められた言い換え語はインターネット上に数多く公開されています。
(米田正人)