方言はだんだん使われなくなってきているように思います。将来は完全になくなってしまうのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』16号(2003、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
国立国語研究所は戦後間もない1950年に、山形県鶴岡市で共通語化の調査を実施し、その後も約20年おきに(1971年と1991年)同様の調査を行っています(以後、「鶴岡調査」といいます)。
鶴岡調査は、市民から無作為に選ばれた数百名の人々を対象に、音声・アクセント・語彙・文法などいろいろな観点から、東北弁がどの程度共通語化しているか、その実態を明らかにしようとしました。
調査項目の中から、音声についての結果を経年的に見てみましょう。調査では、31の単語について絵を見せながら発音してもらうなどし、共通語の発音か方言特有の発音かを観察しました。図1は、共通語で発音された割合を年齢区分別に描画したものです。40年という年の経過とともにすべての年齢区分で共通語化が進み、特に若い人たちの間では1991年調査の段階でほとんどの単語が共通語の発音になっていることがはっきりとわかります。
※ 鶴岡調査は、その後2011年に第4回調査が実施されました。その結果を図1に重ねてみると、全ての年齢層でほぼ100%の回答となっています。
次に、場面によることば遣いの違いについて見てみましょう。図2と図3は、1998年8月に日本全国に住んでいる15歳から69歳の男女4,500人を対象にして実施した調査の結果です(回収は2,950人)。「家族同士で話すとき」と「近所のあまり親しくない人と話すとき」の両場面について、標準語を使うのか、方言を使うのか、それとも標準語と方言が混ざるのかという話し手の意識を尋ねました。図2は首都圏に住んでいる人々の意見をまとめたもの、図3は首都圏を除く地域に住んでいる人たちの意見をまとめたものです。家族同士で話す場合は、近所のあまり親しくない人と話す場合と比べて、「方言で話す」という回答の比率が高くなっています(尾崎喜光「解説2」、国立国語研究所『新「ことば」シリーズ16 ことばの地域差―方言は今』参照)。
以上のことから次のように考えることができると思います。共通語化は音声を中心に確かに進んでいます。特に若い人たちの間ではその傾向は顕著です。しかし、一方で地域社会の人たちは話し相手に応じて共通語と方言を使い分けています。私たちが見知らぬ土地に行った時に方言が聞かれなくなったのは、地域の人たちが見知らぬ私たちに対して共通語を使って話しかけているからであり、仲間同士や家族同士で話をする場合は方言を多用しているのではないでしょうか。日本国中どこへ行っても共通語を話せる人が多数を占めるようになりましたが、それは共通語だけの社会が到来するということではなく、方言と共通語の共生する社会が続くことを意味しているのではないかと思います。
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