ことばの疑問

「頭初の予定」は「当初の予定」の書き間違いですか

2026.01.26 髙橋雄太

質問

「頭初の予定」と書いている方がいました。「当初の予定」の書き間違いかと思ったのですが、同じ語の別表記なのでしょうか。
※ 2026.3.9 本文・画像を一部修正しました。

「頭初」は「当初」の書き間違いですか

回答

現代語の「当初」と「頭初」

「当初」と「頭初」は同じ読みを持ち、どちらも〈ものごとのはじめの部分〉を表わす言葉です。トウショには「トウショから…」「トウショの予定…」「1900年トウショ…」などの名詞用法と副詞用法がありますが、いずれの用法にもどちらの表記も使われており、「当初」と「頭初」には使い分けはないのが現状です。

ところで、『岩波国語辞典』などの主要な現代語の国語辞典には、「当初」の見出しはありますが、「頭初」はなく、また「当初」の見出し内に「頭初」について言及されたものも見受けられません。パソコンやスマートフォンの変換でも、「頭初」は候補に出てきません。では、「頭初」は何者で、「当初」とはどのような関係にあるのでしょうか。「当初」と「頭初」の関係を知るには、歴史にその原点をたずねる必要があります。

「当初」と「頭初」の歴史

ここでは、各見出し語の文献中の最古例を掲載している『日本国語大辞典』第二版の「当初」と「頭初」を参照します。

「当初」は歴史が古く、菅原道真によって編纂された漢詩集の『菅家文草』(900年)に用例がみられますが、漢文または漢文訓読体の文献に現われるのが中心で、話し言葉や文学作品ではほぼ使われない言葉でした。「当初」の用例が多く観測できるようになるのは明治時代以降であり、近代を代表する国語辞典である1889年の大槻文彦編『言海』注1にも、「当初(當初)」が立項されています注2

う-しよ(名)|當初|ソノカミ。ハジメ。初手。
(大槻文彦編『言海』1889年、p.593)

(注1)国立国会図書館デジタルコレクションから原本の参照が可能。「たうしよ(とうしょ)」は見開き左ページ中段の右から2番目。
(注2)「当初」は歴史的仮名遣いでは「たうしよ」と書かれたので、「た」の欄にあります。『言海』では「ト(ウショ)」と読むことを示す小書きの「ト」が、「た」の部分に添えられています。「當」は「当」の古い字体です。

『言海』と同時期に編纂・出版された『和漢雅俗いろは辞典』注3をはじめとして、以降の主要な国語辞典には「当初」が必ず立項されており、「当初」が日常的に使われる基本的な言葉としての地位を持っていたと考えられます。また、近代的な漢和辞典においては、1905年の『熟語註解 漢和中辞典』注4にすでに、「當」の熟語として「當初」がみえます。

(注3)1889(明治22)年刊行、高橋五郎編。書名のとおり、アイウエオ順ではなくイロハ順に見出しを構成しているのが特徴。「たうしよ(当初)」は見開き右ページ上段の中ほど。
(注4)1905(明治38)年に文海堂が刊行、森訥ほか編。「當」(当)は見開き左ページ下段、「當初」は次ページ上段。「頭」は見開き左ページ下段。

同様に『日本国語大辞典』で「頭初」を参照すると、近代の小説家の宮崎みやざき湖処子こしょしによる『帰省』(1890年)という作品に最古例があるとされますが、さらに古いものでは、『日本語歴史コーパス』注5に収録されている『国民之友』という雑誌の1888年の記事に、次の用例がみられます。

一向に孔孟の教義に訓化せられて頭初より其れ等の道徳社會に生長したる人間の耳に上文記載したる反對の風習を聞かしめ、……
(植木枝盛「子婦は舅姑と別居す可し(一)」『国民之友』1888年、第32号)

いずれにしても、「頭初」は1880年代に使われ始めた可能性が高いといえそうですが、「頭初」は登場以降も勢力を伸ばすことができませんでした。『日本語歴史コーパス』と『昭和・平成書き言葉コーパス』注6では、1775件の用例がある「当初」に対し、「頭初」はわずか8件にとどまります。『言海』や『漢和中辞典』などの近代の国語辞典・漢和辞典に掲載されることもありませんでした。

(注5)奈良時代から明治・大正時代までの主要な日本語史資料を収録した、歴史的な日本語を研究するための2100万語規模の言語データベース。
(注6)『日本語歴史コーパス』の後を承けて、昭和・平成期の日本語を通時的に分析できるように設計された、3300万語規模のコーパス。

「同語異表記」

漢籍に用例をみず、漢和辞典に掲載がないことから、「頭初」は日本人による独自の表記であったことがうかがえます。「頭初」は、「当初」という元々ある言葉に、同じ音を持つ漢字をあてた「あて字」の一種といえます。このような、同じ言葉に異なる漢字表記がされる現象を「同語異表記」といいます。

現代では、特に漢語(音読み語)においては、1語につき1漢字表記の「1:1対応」が基本ですが、明治・大正期以前の日本語では、言葉の漢字表記は必ずしも固定的ではありませんでした。読みさえ定まれば、あるいは意味が通じれば異なる漢字表記の通用を許容する風習があり、「記念」と「紀念」、「種族」と「種属」、「親切」と「深切」、「様子」と「容子」など、幅広い表記のバリエーションがみられました。

現代に向かう過程でその多くは整理されていきますが、「十分」と「充分」、「状況」と「情況」、「格好」と「恰好」など、現代語にも一部「1:多対応」の漢字表記語は残っています。

同語異表記の概要

「頭初」は間違いか

伝統的・本来的・高使用頻度の「当初」と、後発・低使用頻度の「頭初」という対比ではあるものの、「当初」を「頭初」と書くことが「間違い」ということはできません。日本語には、言葉を書き表わす絶対の一つの正しい書き方(「正書法」)がありません。例えば「りんご」という言葉を書くときに、「りんご」「リンゴ」「林檎」のいずれの書き方を選択することも可能であり、また特定の書き方を「間違い」であると断ずることはできません。

ただし、場面や媒体によって、好ましい/好ましくない書き方は存在します。例えば「林檎」の「檎」は「常用漢字表」に含まれないので、難しい漢字を読めない子どもも接する公の日本語(新聞や書籍、ニュース報道など)では、「りんご」を「林檎」と表記することが推奨されていません。「当初」と「頭初」においても、例えば学校の定期試験や入学試験、そして新聞などの公の日本語の中では「頭初」は「間違い」「好ましくない」と判断され、より一般的な「当初」が「正しい」「好ましい」とされるケースも十分に考えられます。

書いた人

髙橋雄太

髙橋雄太

TAKAHASHI Yuta
たかはし ゆうた●国立国語研究所 特任助教
主に明治時代以降の日本語を対象に、「言葉をどう書くか」「どの表記を選ぶか」の観点で、表記のメカニズムの研究をしています。最近は、言葉と言葉の意味的な距離の遠近を測ること、言葉の硬さと柔らかさの硬度を測ることなど、測定することが難しい言語の側面を数値化する研究に興味があります。

参考文献・おすすめ本・サイト

参考文献

  • 小木曽智信、近藤明日子、髙橋雄太、田中牧郎、間淵洋子編(2023)『昭和・平成書き言葉コーパス』バージョン2023.5 https://clrd.ninjal.ac.jp/shc/
  • 国立国語研究所(2024)『日本語歴史コーパス』バージョン2024.3 https://clrd.ninjal.ac.jp/chj/
  • 今野真二(2006)「同語異表記をめぐって」『国語文字史の研究』第9巻、和泉書院、pp.163-176
  • 今野真二(2013)『正書法のない日本語』岩波書店
  • 田島優(1998)『近代漢字表記語の研究』和泉書院
  • 間淵洋子(2016)「近代二字漢語における同語異表記の実態と変化―形態論情報付きコーパスを用いて―」『計量国語学』第30巻5号、pp.257-274