「頭初の予定」と書いている方がいました。「当初の予定」の書き間違いかと思ったのですが、同じ語の別表記なのでしょうか。
※ 2026.3.9 本文・画像を一部修正しました。

「当初」と「頭初」は同じ読みを持ち、どちらも〈ものごとのはじめの部分〉を表わす言葉です。トウショには「トウショから…」「トウショの予定…」「1900年トウショ…」などの名詞用法と副詞用法がありますが、いずれの用法にもどちらの表記も使われており、「当初」と「頭初」には使い分けはないのが現状です。
ところで、『岩波国語辞典』などの主要な現代語の国語辞典には、「当初」の見出しはありますが、「頭初」はなく、また「当初」の見出し内に「頭初」について言及されたものも見受けられません。パソコンやスマートフォンの変換でも、「頭初」は候補に出てきません。では、「頭初」は何者で、「当初」とはどのような関係にあるのでしょうか。「当初」と「頭初」の関係を知るには、歴史にその原点をたずねる必要があります。
ここでは、各見出し語の文献中の最古例を掲載している『日本国語大辞典』第二版の「当初」と「頭初」を参照します。
「当初」は歴史が古く、菅原道真によって編纂された漢詩集の『菅家文草』(900年)に用例がみられますが、漢文または漢文訓読体の文献に現われるのが中心で、話し言葉や文学作品ではほぼ使われない言葉でした。「当初」の用例が多く観測できるようになるのは明治時代以降であり、近代を代表する国語辞典である1889年の大槻文彦編『言海』注1にも、「当初(當初)」が立項されています注2。
たトう-しよ(名)|當初|ソノカミ。ハジメ。初手。
(大槻文彦編『言海』1889年、p.593)
『言海』と同時期に編纂・出版された『和漢雅俗いろは辞典』注3をはじめとして、以降の主要な国語辞典には「当初」が必ず立項されており、「当初」が日常的に使われる基本的な言葉としての地位を持っていたと考えられます。また、近代的な漢和辞典においては、1905年の『熟語註解 漢和中辞典』注4にすでに、「當」の熟語として「當初」がみえます。
同様に『日本国語大辞典』で「頭初」を参照すると、近代の小説家の宮崎湖処子による『帰省』(1890年)という作品に最古例があるとされますが、さらに古いものでは、『日本語歴史コーパス』注5に収録されている『国民之友』という雑誌の1888年の記事に、次の用例がみられます。
一向に孔孟の教義に訓化せられて頭初より其れ等の道徳社會に生長したる人間の耳に上文記載したる反對の風習を聞かしめ、……
(植木枝盛「子婦は舅姑と別居す可し(一)」『国民之友』1888年、第32号)
いずれにしても、「頭初」は1880年代に使われ始めた可能性が高いといえそうですが、「頭初」は登場以降も勢力を伸ばすことができませんでした。『日本語歴史コーパス』と『昭和・平成書き言葉コーパス』注6では、1775件の用例がある「当初」に対し、「頭初」はわずか8件にとどまります。『言海』や『漢和中辞典』などの近代の国語辞典・漢和辞典に掲載されることもありませんでした。
漢籍に用例をみず、漢和辞典に掲載がないことから、「頭初」は日本人による独自の表記であったことがうかがえます。「頭初」は、「当初」という元々ある言葉に、同じ音を持つ漢字をあてた「あて字」の一種といえます。このような、同じ言葉に異なる漢字表記がされる現象を「同語異表記」といいます。
現代では、特に漢語(音読み語)においては、1語につき1漢字表記の「1:1対応」が基本ですが、明治・大正期以前の日本語では、言葉の漢字表記は必ずしも固定的ではありませんでした。読みさえ定まれば、あるいは意味が通じれば異なる漢字表記の通用を許容する風習があり、「記念」と「紀念」、「種族」と「種属」、「親切」と「深切」、「様子」と「容子」など、幅広い表記のバリエーションがみられました。
現代に向かう過程でその多くは整理されていきますが、「十分」と「充分」、「状況」と「情況」、「格好」と「恰好」など、現代語にも一部「1:多対応」の漢字表記語は残っています。

伝統的・本来的・高使用頻度の「当初」と、後発・低使用頻度の「頭初」という対比ではあるものの、「当初」を「頭初」と書くことが「間違い」ということはできません。日本語には、言葉を書き表わす絶対の一つの正しい書き方(「正書法」)がありません。例えば「りんご」という言葉を書くときに、「りんご」「リンゴ」「林檎」のいずれの書き方を選択することも可能であり、また特定の書き方を「間違い」であると断ずることはできません。
ただし、場面や媒体によって、好ましい/好ましくない書き方は存在します。例えば「林檎」の「檎」は「常用漢字表」に含まれないので、難しい漢字を読めない子どもも接する公の日本語(新聞や書籍、ニュース報道など)では、「りんご」を「林檎」と表記することが推奨されていません。「当初」と「頭初」においても、例えば学校の定期試験や入学試験、そして新聞などの公の日本語の中では「頭初」は「間違い」「好ましくない」と判断され、より一般的な「当初」が「正しい」「好ましい」とされるケースも十分に考えられます。