Vol. 1 (創刊号 2017年3月発行)
──現在の研究の中心は、沖縄県宮古列島の「多良間方言」ということですが、フィールドワーク(現地調査)を中心になさっているそうですね。現地に溶け込むのは大変でしたか。
はい。はじめはすごく緊張しました。大学院1年目の夏休みに行ったんですが、行く前の3ヶ月くらいは図書館に行って方言辞典を探して、多良間方言ではなんと言うのか勉強したりとかという準備をしました。あと、荷物を必要以上にたくさん持って行ったりして。
最初に基礎語彙調査をやるんですけど、村役場の方におじいさんを紹介してもらって、その方に毎晩20語聞いていくつもりでした。ところが途中でかなり巨大な台風が来て、3日くらい外に出られなくなりました。さあ台風が終わって調査をするぞ、と思ったら、今度は「台風で作業ができなかったので、何日かは畑仕事をさせてほしい」と言われて、そして1週間ぐらいたって「今日こそは」と思ったら「もうこれ以上は協力できない」と言われてしまって。ですから、最初の調査は、結局50語ぐらい集めただけで終わってしまいました。滞在期間が2〜3週間ぐらい残っているし、どうしようかと。それで、別の方を紹介してもらうことになり、そこからは別の調査に切り替えて、なるべく多くの人から母音の発音のデータを採らせてもらうことにしました。フィールドワークというのは、実際に行ってみてわかることも多いので、調査も臨機応変に対応するようにしています。
──実際に行った調査の中で印象に残っていることを教えてください。
「パラトグラフィー」という調査の方法をご存知ですか?粉末状の竹墨を食用油で溶いた墨を、ベロ(舌)に塗ってその状態で発音してもらうんです。その状態で発音すると、ベロが接した上顎のところに墨が付着します。その上顎に残った墨あとを写真にとって、そこから、どういう発音になっているか、どんな特徴をもっているかを調べるんです。
最初に依頼した方が、入れ歯でがんばってくださるんですが、墨がうまく塗れない。写真をとるときに鏡を挿入するんですが、口がうまく開けられない。入れ歯の方はこの調査には不向きなんだなとわかりました。ただ、その方が「自分が入れ歯のせいで調査がうまくいかなかった」とすごく気にされて、代わりの話者を探してきてくださいました。調査を諦めかけていたときだったので、ものすごく喜んだのと同時に、ありがたく思いました。
──そういったなかで発見があったと。
現地調査に行って、予想していなかったデータを得られたときはとても楽しく感じます。この調査では、多良間方言の特徴的な舌先母音(標準語の発音とは少し異なる母音)が口の中でどういうベロの構えで発音しているのか、いままでわからなかったことを解明できたことは、とても嬉しいことでした。
アクセントの調査をするときには、こういう語彙を使って、こういう文を使ってやると、だいたいこういう結論が出るだろうな、という予想を立てるのですが、それと全く違うようなものが調査で出てくることがあって、そういうことが面白いと思うわけです。
──今後、「こういう研究をしてみたい」、「こういう方向に発展させたい」などありますか。
国語研の「危機方言に関するプロジェクト」にも参加していて、これに関連することなのですが、今考えていることの1つは、危機方言とよばれる多良間方言について音声だけでなく、文法も取り扱いたいと思っています。文法的な仕組みを深く理解することによって、まだ充分に解明されていない音声的な仕組みの詳細が見えてくるのではないかと期待しています。
青井隼人
あおいはやと●外来研究員・日本学術振興会 特別研究員(PD)。
1987年岡山県出身。「ことばには世界を変える力がある」という中学校教師の言葉をきっかけにことばに関心を持つように。東京外国語大学大学院を経て、現在は、日本学術振興会の特別研究員。2012年の日本音声学会で優秀発表賞を受賞するなど、若手のホープとして期待されている。