ことばの疑問

日本人の識字率が高いって本当ですか

2024.12.26 横山詔一

質問

「日本人の読み書き能力は世界トップクラス」という調査結果がありましたが、日本人の識字率が高いって本当ですか?

本当に高い?日本人の識字率

回答

回答は「分からない」です。現在の日本人の識字率を科学的に調査したデータはありません。過去には1948年の調査があります。しかし、以下に述べる理由から、日本人の識字率が高いのか低いのかはまだ分かっていません。

GHQ提案による1948年の識字率調査

1948年の調査は、第二次世界大戦後の連合国軍の占領政策のもとGHQの「提案」によって、日本側が組織的に動いて実施されたものです。得られた結果は「日本人の読み書き能力は極めて高く世界トップクラス」という「常識」の科学的根拠だとされてきましたが、最近の研究で新しい事実が明らかになりました。

この調査は「代表性を有するデータ」を収集する方法論を開拓したうえで、全国規模で実査をおこないました。その学術的価値は極めて高いと諸学界から評価されています。データ収集方法のポイントは、全国270地点の15~64歳(数え年)の住民から「くじ引き」のような形でランダムに調査対象者を選んだことにあります。そして、全国405会場で16,820人の男女に対して読み書き能力テストを実施しました。

調査内容と非識字率の問題点

問題は全部で90問、1問1点で満点は90点でした。90問のうち書き取り式が25問、選択式が65問あったので、全体の7割以上を選択式が占めていたことになります。選択式のやり方は、試験官が口頭で「3キロ」と言ったとき、選択肢のなかからそれを選んでマルを付けるというようなものでした。アラビア数字や漢数字の簡単な問題も出題されていたことから、かなさえ読み書きできない人でも正答できる可能性は十分にあったと考えられます。また、選択式が多数出題されたので、選択肢のどれか一つを勘で適当に選べばゼロ点ではなくなる確率が非常に高かったであろうと推測できます。

1948年の識字調査の問題用紙の一部。(問二)大正2年8月□(にじゅうはち)日、明治28年9月□(じゅうろく)日、三丁目□(に)番地、五丁目□(ろく)番地。(問三)「あなま、あたま、あゆま、あらま、あひま」などの5つの選択肢が並び、13問ある。
問題の例 : 左が選択式、右は書き取り式

膨大な分析結果が1951年に報告書『日本人の読み書き能力』にまとめられ、東京大学出版部(東京大学出版会の前身)から公刊されました。その報告のなかで、特によく知られているのが1.7%または2.1%とされている非識字率(報告書では文盲率)の低さです。1.7%は「かなさえ正しく読み書きできない者」で90問全体がゼロ点だった人、2.1%は「かなはどうにか読み書きできるが、漢字はまったく読み書きできない者」を加えた数字です。

そのほか、報告書に明記されているのに、ほとんど知られていない事実もあります。たとえば、ゼロ点だった人はどのような解答パターンだったかについて、得点ゼロの人は293人で、そのうちの9割近い262人が白紙解答の人たちであったと報告されています。このことから、リテラシーがあったとしてもGHQに対する反発などから全問解答拒否をした人がいたとすれば、非識字者をゼロ点の人と定義するのは正しくないように思われます。一方で、ゼロ点ではない低得点者にも非識字者が含まれていた可能性があります。選択式が全体の7割を占めていたことをあわせて考えると、非識字率は報告書に示された数値より高いのではないかと推測できます。

報告書の結論「リテラシーは低い」

もう一つ見逃せない事実があります。報告書はリテラシーを持つ人を「90点満点の人」と定義し、報告書の結論として「提案」を明記しています。その要点は「非識字者の割合は極めて少ない。しかし、リテラシーを持つと見なせる識字者の割合は4.4%でしかない。不注意などによる失点を考慮して割合を補正したとしても6.2%にすぎない。正常な社会生活を営むのにどうしても必要な文字言語を理解する能力は決して高いとはいえない」というものです。「日本人の読み書き能力は極めて高く世界トップクラス」という「常識」の科学的根拠だと考えられてきた報告書を自分の眼で確認してみると、「常識」とはかけ離れた結論が示されていることがすぐに分かります。

識字率再検討の必要性と今後の展望

この「常識」については、そろそろ科学的に再検討する必要があるように思います。この再検討には、報告書ならびにその関連史料を世界中の研究者がいつでも簡単に閲覧できるようにする環境整備が必要です。すなわち、オープンサイエンスの推進が重要です。

さらに、日本人の識字率が実はさほど高くなかったという意識が当時の社会に広がっていたとすれば、戦後の文化にどんな影響があったかについても、政治学、社会学、歴史学などの研究者と協力しながら考察していくべきだと考えています。

書いた人

横山詔一

横山詔一

YOKOYAMA Shoichi
よこやま しょういち●国立国語研究所 名誉教授。青山学院大学 文学部/教育人間科学部 非常勤講師。
1959年愛媛県新居浜市生まれ。いまでも、心のなかでは伊予弁で考えていることがよくあります。関西人なので、周囲の人に「あんたはアホやね」と笑ってもらいたいのですが、誰も笑ってくれません。
そのほかの堅いことはリサーチマップをご覧ください。
researchmap :https://researchmap.jp/YOKOYAMA_Shoichi

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