生活に関わりが深いと、それを表すことばは多くなるのでしょうか? 人びとの興味関心のありかと、ことばのありようの関係について教えてください。

生活の営みの中で、人びとの興味関心が寄せられるものやことがらには、語が付与されています。つまり、人は、興味関心のあるところに、名づけを行っています。生活の中でとらえる世界を詳しく述べたり、伝えたりする必要があるからです。
たとえば、日本語方言における〈雪〉に関する語彙をみてみましょう。『図説日本語 : グラフで見ることばの姿(角川小辞典9)』では、富山県五箇山方言(降雪の多い地域)と鹿児島県奄美加計呂麻島方言(降雪のほとんどない地域)を比較しています。
| 〈雪〉に関する語彙 | |
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① 降雪の多い地域(富山県五箇山方言)21語
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| 〈雪〉 | イキ(雪)、オーイキ(大雪)、コイキ(小雪)、コゴメイキ(粉雪)、ボタイキ(ぼたん雪)、アカイキ(大陸の砂塵のまじった赤っぽい雪)、ベチャイキ(水分を多く含んだ雪)、ハツイキ(初雪) |
| 〈降り積もった雪〉 | ネイキ(根雪)、ノコリイキ(残り雪)、ヤネイキ(屋根雪) |
| 〈雪の降り方〉 | イキフリ(雪降り)、スカスカブリ(またたく間に積るような激しい雪降り)、フブキ(吹雪) |
| 〈雪崩〉 | ナダレ(雪崩)、アワ(表層雪崩) |
| 〈積雪面の様子〉 | シミシミ(凍結した積雪面)、シミシミバンバン(凍結した積雪面)、ガリガリ(凍結した積雪面)、ソーラ(凍結した積雪面) |
| 〈結晶〉 | イキバナ(雪の結晶) |
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② 降雪のほとんどない地域(鹿児島県奄美加計呂麻島方言)1語
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| 〈雪〉 | ユキ(雪) |
降雪の多い地域とほとんどない地域の語彙量を比較すると、21語対1語で、差が顕著です。降雪の多い地域では、〈雪〉を表す語だけでも8語あります。その他に、〈降り積もった雪〉、〈雪の降り方〉、〈雪崩〉、〈積雪面〉、〈結晶〉に注目した名づけが13語みられます。一方、降雪のほとんどない地域では、ユキ(雪)の1語しかみられません。降雪の多い地域では、〈雪〉は、いくつもの観点によって呼び分ける必要のある対象だということです。〈雪の降り方〉や〈雪崩〉〈積雪面〉は、生活をする上で注意喚起の必要な関心事です。危険から身を守るためにも、名前をつけて明確に認識し、お互いに注意を呼びかけてきたということでしょう。
また、〈珊瑚〉を表す語彙では、漁師、加工業者、流通業者というように立場が異なると、名づけの観点や詳しさが変化すると言います。岩崎朱実「人は珊瑚をどう呼ぶか—海の生き物から宝飾工芸品への変換の過程と言葉」では、高知県における、〈珊瑚〉に関わる漁師、加工業者、流通業者の語彙を記述しています。ここでは、漁師と加工業者の用いる語彙を紹介します。
| 〈珊瑚〉に関する語彙 (岩崎朱実(2008)より) | ||
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① 漁師(高知県室戸)の語彙
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| 基本的な分類 | ||
| アカ | ||
| ナマ | 生きている木。皮がついている。一番値打ちがある。 | |
| クロギ | 枯れたばかりのもの。皮がない。皮があるかないかでナマかクロギに分ける。 | |
| アカギ | 色の薄い赤。生きていない。枯れている。 | |
| ケンペイ | 赤の値打ちがないもの。桃よりも少し赤く朱色。これは戦前の憲兵の制服の色のことだと思う。 | |
| モモ | ナマ | 木目がある。年輪が入っている。 |
| カレ | 木目がある。年輪が入っている。 | |
| シロ | シロ | 安い。 |
| その他の分類 | ||
| ボケ | モモの薄い色。加工すると半透明になる。ごく少なく貴重。 | |
| ボケマガイ | ボケに似ている。モモよりも値がいい。 | |
| ムシ | 虫が入って穴が開いた珊瑚。 | |
| モク | 珊瑚の芯のこと。モクメ(木目)があると言う。 | |
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② 加工業者の語彙
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| ゲンボク(原木) | セイキ(生木) | 生きた状態で採取されたもの。一番値打ちがある。 |
| イチカレ(一枯れ : タチキ、タチガレ) | 立ったまま枯れたもの。 | |
| ニカレ(二枯れ : オチキ) | 落ちて枯れてしまったもの。色が黄色っぽくなり、透明感が失われている。 | |
| サンカレ(三枯れ : オチキ) | ニカレより枯れの進んだもの。 | |
漁師の用いるアカ、モモ、シロは、色によって〈珊瑚〉を分類して名づけたものです。それぞれに下位分類がなされ、アカでは、ナマ、クロギ、アカギ、ケンペイという名づけが行われます。それぞれの語の解説をみると、〈珊瑚〉が生きているかいないか、皮が付いているかいないか、色の状態はどうかという点に注目をして名づけが行われています。
加工業者の用いる語彙では、ゲンボクという名づけが特徴的です。〈珊瑚〉を原料としてみています。さらに、その下位分類では、生きているかどうか、透明感があるかどうかという視点で、名づけを行っています。それを、イチ-、ニ-、サン-というように、数字を使って段階的に表現しています。
なお、立場だけではなく、場面や相手によって使い分けが必要なときにも、たくさんの語を当てることがあります。人称代名詞はそれにあたりましょう。たとえば、呼称における自称詞と対称詞に、〈私〉や〈あなた〉を表す語彙があります。類義語を通時的に整理している『現代語古語類語辞典』によって、「わたくし(私)」と「あなた(貴方)」を表す語彙の中から代表的なものをあげてみます。
| 〈私〉 | わたくし(私)、あたくし(私)、わたし(私)、あたし(私)、おれ(俺)、ぼく(僕)、じぶん(自分)、おのれ(己)、…… |
|---|---|
| 〈あなた〉 | あなた(貴方)、あんた(貴方)、きみ(君)、おまえ(御前)、てめえ(手前)、きでん(貴殿)、おぬし(御主)…… |
自分や相手を呼び分けるための語が、ひしめき合って体系をなしています。これらは、どのような属性をもった人が使うかという位相のほか、人間関係の親疎や敬意の向けられ方などによって、使い分けがなされます。それぞれの場面や会話の相手によって、使う語を変える必要があるからと言えるでしょう。
さいごに、生活の中で行っているさまざまな評価に関する語彙をみてみましょう。
一つめは、人を評価して表現する語彙についてです。群馬県出身の詩人伊藤信吉は、『マックラサンベ 私の方言 村ことば』の中で、彼の母親から自分に向けられた「イイベエチクリン(お人よし、自覚性に欠けるの意)」をはじめ、「グレタカヤ(まともなことをしない人間、浮浪人ふう性質の者)」などたくさんの対人評価語彙をあげています。そして、人を評価する語彙は「負の方へ傾(かし)いで」いると指摘しています。人の評価語彙は、日本各地の方言において、マイナス評価語彙の方が発達しています。
二つめは、養蚕業を営む人たちが用いる〈蚕〉を評価する語彙についてです。養蚕の盛んであった群馬県の方言では、病気の〈蚕〉を表す語はたくさんありますが、健康な〈蚕〉を表す語は一語もみられません。新井小枝子『養蚕語彙の文化言語学的研究』から、群馬県藤岡市方言における代表的な語彙を抜き出して示します。
| シロッコ(白蚕) ~ホシー(干し飯) ~オシャレ(お洒落) ~ハッキョーサン(白狂蚕) |
体に白いカビが生えてしまう病気にかかった蚕 |
| タレコ(垂れ蚕) | 体が黒く膿んでしまう病気にかかった蚕 |
| クイニゲ(食い逃げ) | 桑をたくさん食べて繭を作る直前にまで成長したのにもかかわらず繭を作らずに死んでしまう蚕 |
| アタマスキ(頭透き) | 頭が透き通ってしまう病気かかった蚕 |
| ゴロ | 体が縮んでしまう蚕 |
| ヤスマズ(休まず) | 休眠をせず脱皮しない蚕 |
これらはすべて、病気にかかっている〈蚕〉をとらえた語彙です。養蚕業史において、「白狂蚕」という病気にはとても悩まされてきたので、たくさんの言い方があります。病気の 〈蚕〉は、あってほしくない不都合な姿です。健康な〈蚕〉は、そうあって当然の姿です。いずれの姿にも興味関心はあるはずですが、名づけのあり方はアンバランスです。
人が生活する空間は、一様ではありません。それぞれの空間に身をおいて生活をしていると、興味関心のありかが異なるのは当然のことです。詳しく細かく名づけを行いたいという心がはたらき、たくさんの名づけを行うのは確かなことです。しかし、興味関心があっても、当たり前とされている部分には名づけを行わないということもありそうです。