ことばの疑問

元号のリズム―新元号はどうして「令和」なのですか

2019.04.24 窪薗晴夫

質問

新しい元号が「令和」になりましたが、日本の元号には何か規則性はありますか。

元号のリズム- 新元号はどうして「令和」なのですか?

回答

元号の韻律構造

4月1日に新しい元号「令和」(Reiwa)が発表されました。「令和」ははじめて漢籍ではなく国書(今回は万葉集)から選ばれたということで、新聞等では「元号1300年の転換」などと話題になっていますが、言葉のリズム(韻律)という点から見ると、これまでの伝統からはずれるものではありません。むしろ言語学的には予想通りの元号であり、これまでの元号と同じようにリズミカルな構造を有しています。

元号のリズムを理解するためには、漢語の構造を理解する必要があります。元号は基本的に漢字2文字で、訓読みではなく音読みです。

音読みの漢字には昭和の「昭」のように2拍の長さのものと、「和」のように1拍のものしかありません。2字漢語となると、2拍+2拍、2拍+1拍、1拍+2拍、1拍+1拍の4種類しか組み合わせがないのですが、過去の日本の元号は、この点において大きな偏りを示します。

元号のリズム(拍)

250近い元号を調べてみると、その約7割が2+2(長長)の構造のもので、それに続くのが2+1(長短)の2割強です。これに対し、1+2(短長)の元号(たとえば和同や治承)は全体の7%にしかなく、1+1(短短)に至っては皆無です。

グラフ(元号の拍の組み合わせが、過去の日本の元号に占める割合)

さらに詳しく調べてみると、2+2の元号の大半が、慶應、大正、平成のように〔強弱強弱〕(○)のリズムを持つものです(弱の部分は長音(ー)や撥音(ん)、促音(っ)、二重母音後半(ぃ)のような語頭に立ちえない音、すなわち言語学で特殊拍と呼ばれる弱い音です)。また2+1の元号のほとんどが、明治や昭和のように〔強弱強〕(○○)という構造を持つものです。

つまり、過去の元号は2+2と2+1の2種類で全体の9割強を占め、その大半が〔強弱強弱〕か〔強弱強〕というリズムを持っています。

長+短、短+長のリズムと特殊拍

このように過去の元号は初めから構造的な偏りを示しています。2+2が多いのは、音読み漢字の多くが1文字2拍であることによるもので、特に不思議な偏りではありません(つまり「和」のような1拍の漢字より「昭」のような2拍の漢字の方がはるかに多いのです)。

注目すべきは長短(2+1)と短長(1+2)の差です。明治や昭和のような長短の元号があれば、治明や和昭のように短長の元号も同数あっておかしくないのですが、実際には両者の間に5倍近い開きがあります。

全体として2+2と2+1を好み、とりわけ〔強弱強弱〕と〔強弱強〕の2つのリズムを好むというのが、日本の元号の大きな特徴として浮かび上がります。

今回最終選考に残った6つの候補を見ても、令和、万和(ばんな)広至(こうし)久化(きゅうか)の4つが〔強弱強〕の長短リズム、英弘(えいこう)万保(ばんぽう)の2つが〔強弱強弱〕の長長リズムであり、〔強強弱〕(つまり1+2の短長リズム)や〔強強〕(1+1の短短リズム)のものは皆無でした。

元号の規則性

元号のもう一つの特徴は、過去150年あまり、上記の2種類の元号の現れ方に規則性が見出されるという事実です。文久(1861~64年)から元治、慶應、明治、大正、昭和、平成と続く中で、長長(文久、慶應、大正、平成)と長短(元治、明治、昭和)の元号が、交互に選ばれています。

この流れで行くと、平成に続く元号は、明治や昭和と同じ長短(強弱強)という構造を持つことが予想されます。「令和」はまさにこの予想通りの元号です。

(長長)文久、 慶應、大正、平成と(長短) 元治、明治、昭和、令和が交互に出てくる

日本語のリズム

ところで、〔強弱強弱〕の長長構造と〔強弱強〕の長短構造を好むのは、元号だけではなく、日本語の一般的な特徴です。

たとえば、赤ちゃん言葉はマンマ、オンブ、ダッコ、クック、バーバ、ジージのような長短(強弱強)の語と、ポンポンやブーブー、ハイハイ、ナイナイのような長長(強弱強弱)の語に二分されます。〔強弱強〕は出てきても、〔強強弱〕は出てこないのが赤ちゃん言葉の際立った特徴です(たとえばバーバはありますがババーはありません)。

赤ちゃんことばのリズム

また発音の変化を見ても、詩歌(しいか)や富貴(ふうき)、三つ(みっつ)、四つ(よっつ)などは母音を伸ばしたり促音(っ)を入れたりして、短短(強強)の構造から長短(強弱強)の構造を作り出しています。

漫画『ドラゴンボール』で、魔人ブウの生まれ変わりがウブではなくウーブと呼ばれるのも同じ現象です。野球の声援でも、阿部のような2拍の名前は、「かっとばせえ あべー」ではなく「…あーべ」と前の母音を長くして長短(強弱強)の構造が作り出されます。

一方、女王の発音がジョオーからジョーオーへ変化しつつあるのは短長(強強弱)から長長(強弱強弱)への変化です。〔強弱強弱〕のリズムも日本語では好まれており、たとえばピコ太郎の『PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)』は、見事なまでに〔強弱〕の連続です。

このように、日本語にはいたるところに〔強強弱〕を避けて、〔強弱強〕や〔強弱強弱〕を作り出す力が働いています(窪薗晴夫『通じない日本語―世代差・地域差からみる言葉の不思議』)。

このように見てみると、長短(強弱強)という構造を持つ「令和」は、これまでの元号の歴史と構造にも、また日本語のリズムにもとてもうまく合致していることがわかります。マスコミでは漢籍ではなく国書に由来するという点が、ことのほか強調されていますが、言語学的に見ると新元号はこれまでの伝統を忠実に守っており、日本語が好むリズム構造と一致しているのです。

日本固有の文化を尊重するというのであれば、同じ漢字2文字でも、思い切って中国語の発音に基づいた音読みだけでなく、日本語独自の読み方(訓読み、和語読み)を模索するのも一つの道かもしれません。たとえば「大和」という漢字をヤマトと和語読みすると、これまでの音読みの元号とは一味違った新鮮な響き――短短短(強強強)のリズム――が出てきます。

令和のアクセント

最後に新元号のアクセントについて述べます。

テレビを見ていると、「令和」を「明治」と同じ頭高(あたまだか)(高低低)のアクセントで発音している人と、「昭和」のような平板(へいばん)(低高高)のアクセントで発音している人に、二分できるようです。政府やマスコミ関係者は前者が多く、一般市民は後者が多いような印象を受けます。

令和のアクセント

言語学的にはどちらが正しいということはありませんが、一般に2字漢語はその構造によって、アクセントが決まるという傾向が見られます。

元号に限らず、2+1の構造を持つ3拍漢語の約8割は、頭高アクセントで発音され(たとえば政府、文化、詩歌など)、一方2+2の漢語の多くは、平板アクセントで発音されています(たとえば構造、伝統、傾向など)。

この傾向は過去の元号の発音にも現れており、「大化、元治、明治」など2+1のものは頭高がほとんどで、一方「応仁、大正、平成」など2+2のものは平板が多いのです。その例外となるのが「昭和」であり、これは「大化」や「明治」と同じ2+1の構造でありながら平板で発音されています。

なぜ「昭和」が例外的なアクセントを持つのでしょうか。この問いに答えるのはむずかしいのですが、一つの可能性として考えられるのが「和」です。

普通名詞を見ても「平和、温和、緩和、漢和」のように、○和の語は平板アクセントが多く、また過去の元号でも「明和、永和、弘和」のように○和のものは、頭高と並んで平板も許容するようです。

一般に標準語のアクセントは最後の要素によって決まるという原則がありますので、「和」が平板アクセントを作り出すと考えてもおかしくありません。「令和」が「昭和」と同じアクセントで発音されても不自然ではないのです。

また、標準語の名詞は馴染み度が高くなるにつれて、平板化する傾向があることを考えると、「令和」という元号も、人々の中に定着するにつれて、徐々に頭高アクセントから平板アクセントへ推移していく可能性が高いと思われます。

書いた人

窪薗晴夫先生

窪薗晴夫

KUBOZONO Haruo
くぼぞの はるお●理論・対照研究領域 教授。
専門領域は言語学、日本語学、音声学、音韻論、危機方言。神戸大学大学院人文学研究科教授を経て、2010年4月から現職。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 窪薗晴夫(2017) 『通じない日本語―世代差・地域差からみる言葉の不思議』 平凡社(平凡社新書)
  • 窪薗晴夫 編(2017) 『オノマトペの謎―ピカチュウからモフモフまで』 岩波書店