国語研の窓

第20号(2004年7月1日発行)

研究室から:「日本語の現在」をとらえる調査研究

国立国語研究所では,昨年度(平成15年度)より新たな研究課題として,「『日本語の現在』をとらえる調査研究」(以下「日本語の現在」と略称)を開始しました。ここでは,この企画の概要とこの1年間の成果の一部を簡単に紹介することにします。

なぜ「日本語の現在」なのか

現代日本語について多角的な調査研究を進めることは,国立国語研究所の中心的な仕事の一つです。これまでにも,書き言葉,話し言葉を問わず,幅広い領域の課題について調査研究を実施し,数多くの成果を公表してきました。しかし,今回改めて「日本語の現在」というテーマを掲げたことには,大きく三つの理由があります。

(1)緊急性の高い国語施策上の問題の解決に資するために,日本語の現在の状況を的確に把握する必要がある。
研究所は,2年前の平成14年8月に「外来語」委員会を設置し,これまでに2回の「『外来語』言い換え提案」を行ってきました(本紙14号16号18号に関連記事を掲載しています)。この委員会の活動を通じて改めて痛感させられたのは,議論を確実かつ健全に展開するためには,外来語の現在の状況に関して「科学的な調査データに基づく信頼度の高い知見が不可欠」ということでした。

(2)急速に変化する現代社会の言語問題に対応するために,最新の情報に基づいて議論する必要がある。
研究所の従来の調査研究は,研究への着手から結果の公表までにかなりの年月を要するものが多く,信頼度の高い基礎データとしては満足できるものであっても,公表の時点では情報自体がどうしても古くなりがちでした。「日本語の現在」は,できる限りの「最新情報」を,「速報性」を重視して報告・提供することを目指しています。

(3)以上の二点に関連して,総合的な観点から,大規模かつ将来に向けて継続性のある調査研究を設計する必要がある。
過去の言語データを検証しながら,これまでの動向を探るタイプの研究ももちろん必要ですが,これに加えて,現在まさに変化しつつある日本語の生の姿をとらえることが,社会的にも学術的にも強く要請されているのです。

どんな調査研究を行っているか

調査は対象によって,大きく二つに分かれます。一つは,言葉に関する国民の意識を様々な側面から探る「意識調査」,もう一つは,日本語の実際の在り方を様々な媒体について探る「実態調査」です。意識調査の対象は日本語の使い手である国民各層,一方,実態調査の対象は実際に使われている日本語そのものということになります。

すでに触れたように,現在国立国語研究所では,「『外来語』言い換え提案」を行っています。これは,分かりにくい外来語を分かりやすくするための言葉遣いの工夫についての提案です。そこで,平成15年度は,まず外来語を中心とした言葉遣いを取り上げ,3種類の意識調査を優先的に実施しました。それぞれの内容は,次の通りです。

(1)全国調査(国民を母集団とする世論調査型の調査)。対象者は4,500人(15歳以上男女),調査項目は約50項目,調査方法は個別面接法。

(2)自治体調査(自治体を対象とする情報の発信者側の意識調査)。対象自治体は全国680市区町村,対象者は自治体首長,広報紙責任者,ホームページ責任者,一般職員,調査方法は郵送法。

(3)外来語定着度調査(「外来語」委員会の言い換え提案のための定着度調査)。対象者は2,000人(16歳以上男女),調査項目は外来語計75語,調査方法は個別面接法。

(1)の全国調査は『外来語に関する意識調査』として,また,(2)の自治体調査は『行政情報を分かりやすく伝える言葉遣いの工夫に関する意識調査』として,速報版の報告書にまとめました。(3)の外来語定着度調査の結果は,「外来語」委員会の審議に直ちに生かされています。

一方,実態調査では,最新の白書(32種)や最近の新聞(主として1990年代から現在まで)等に使われている大量の外来語について,使用頻度,使用される分野や文脈などの情報を整理して,「外来語」委員会に提供しています。また,作成した大量の電子化資料を活用して,外来語の受容過程に関する研究なども行っています。

成果の一部を紹介すれば

図1は,「外来語」委員会が提案した「言い換え語」と「元の外来語」とで,どちらが分かりやすいかを広く国民に尋ねたものです(意識調査の中の「全国調査」より抜粋)。

図1 「言い換え語」の分かりやすさ
図1 「言い換え語」の分かりやすさ

取り上げた3語のうち,国民の理解度が25%未満と最も低かった「インフォームドコンセント」については,言い換え語の「納得診療」の方を分かりやすいとする回答が圧倒的多数を占めました。また,理解度が25%以上50%未満だった「グローバル」についても,言い換え語の「地球規模」の方を分かりやすいとする回答が過半数を占めています。一方,理解度がすでに75%を超えていた「デイサービス」については,言い換え語の「日帰り介護」よりも,元の外来語の方を分かりやすいとする回答が,若干多いという結果になりました。

このような調査結果は,委員会が提案した個々の言い換え語が,どの程度まで有効であるのかを確認するための貴重な資料となります。

次に,図2は,過去10年間に『毎日新聞』に現れた外来語の頻度を,年次別に示したものです(実態調査のデータにより作成)。「バリアフリー」も「ユニバーサルデザイン」も,福祉の分野で新しく登場してきた重要語ですが,このグラフを見れば,この2語がそれぞれ「いつごろ,どのくらい話題になっているか」が一目で分かります。まさに,変化の真っただ中にある外来語の,生きた姿をとらえていることになるわけです。

図2 『毎日新聞』年次別出現頻度
図2 『毎日新聞』年次別出現頻度

このような個々の外来語の使用実態についての最新情報も,「外来語」言い換え提案の本文の記述に十分に反映されています。

(相澤 正夫)

  日本語の現在:http://www.ninjal.ac.jp/archives/genzai/

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。