漢字の形や書き順については、どのような決まりがあるのでしょうか。
※この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』14号(2001、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

二人の人が書いた文字の形を比較すると、同じ字であっても形が違っています。また、同じ人が同じ字を書いても、よく見ると一回ごとに形が微妙に異なっています。このように実際に書かれたり、印刷されたりした文字の具体的な形を「字形」と呼ぶことがあります。しかし、それぞれの字形は違っていても、人はそれらを同じ文字としてとらえることができます。それは、個々人の意識の中に、文字の骨組みや形の概念が存在するためと考えられ、それらを「字体」と呼ぶことがあります。

戦後まもなく制定された「当用漢字表」と「当用漢字字体表」では、手書きで習慣的に用いられていた字体が正式に採用されました。昭和56年にそれに代わって制定された「常用漢字表」(平成22年改定、笹原宏之「問26」、国立国語研究所『新「ことば」シリーズ14 言葉に関する問答集』参照)も、その方針を受け継いでいます。さらに、「常用漢字表」に掲げる漢字(以下、「常用漢字」)に対して、「國」(国)、「學」(学)などの「いわゆる康熙字典体」(旧字体)や、「𫟉」(職)、「门」(門)などの「略字」と呼ばれる字体も見られます。
「常用漢字表」では、「
」「
」といった明朝体活字のデザインの相違や、「
」「
」や「
」「
」などの明朝体活字と筆写の楷書との書き表し方の差も例示しています。「常用漢字表」は「字体(文字の骨組み)」を明朝体活字によって示していますが、その活字字形と異なる字形を一定の範囲で認めたものです(「常用漢字表の字体・字形に関する指針」参照)。
「人名用漢字別表」に付随する法務省令第五一号附則別表「人名用漢字許容字体表」(昭和56年)には「許容字体」という語が見られます。そこでは、「常用漢字表」と「人名用漢字別表」に掲げる漢字のうち205字について、「常用漢字表」と「人名用漢字別表」に掲げる新字体(通用字体とも呼ばれます)のほか、「当分の間用いることができる字体」という旧字体が示されています。「亜」に対する「亞」、「亘」に対する「亙」が命名の際の許容字体の例です。平成16年の改正でこうした区別はなくなり、29年の改正により人名用漢字はこれらの字体を別々に数えて863字となっています。
「常用漢字表」に含まれない漢字については、国語審議会が平成12年に「表外漢字字体表」を答申しました。そこでは、1022の表外字について印刷する際などの字体として「印刷標準字体」を定めており、「人名用漢字」については新字体とし、それ以外は原則としていわゆる「康熙字典体」としています。例外として、印刷物での頻度数などを考慮した結果、「餠」(もち)ではなく「餅」、「讚」ではなく「讃」を「印刷標準字体」とするような措置も行っています。また、略字体などのうち「鴎」(鷗)「沪」(濾)「桝」(枡)など頻度数が比較的高い22字については「簡易慣用字体」と位置付けています。この表は、後に改定された常用漢字表とは齟齬も生じています。
このように、漢字は仮名に比べて字画がはるかに複雑です。そのため、漢字というものを、効率的かつ美しく正確に書くために、その点画を配置していく順番が存在しています。これを筆順、書き順と呼びます。
文部省は、昭和33年に「小学校配当漢字」(当時881字)に対して、「筆順指導の手びき」というものを示しました。この「手びき」は、複数存在していた筆順を、できるだけ統一して指導することを目的として作られたもので、筆順について、公的な機関から示された唯一のものです。それには、大原則として、「上から下へ」、「左から右へ」が挙げられ、そのほかに「つらぬく縦画は最後」など八つの原則が示されています。個々の字については、次のような形で筆順が示されています。

この「手びき」に示されていない「凹凸」や「卍」といった漢字や、仮名などについては、公的に示された筆順というものは存在しません。漢和辞典や書き順字典などには、「手びき」に含まれない漢字についても、筆順を示したものがあります。なお、「手びき」はすでに効力を失っており、学習指導要領などでも参照されていません。
漢字の筆順は、右手で筆を持って書く際に発達してきたものですが、時代や地域、社会集団によって差異も存在しました。例えば、「必」という漢字は、中国、韓国などと日本とでは多くの場合、違う筆順が行われているようです。さらに、個人個人でも、年齢によって筆順が変わることさえあります。「手びき」にも、そこに示された以外の筆順を「誤りとするものでもなく、否定するものでもない」と記してあります。「書き順が違っても、できあがりが同じならばいい」という意見も聞かれますが、例えば「口」「万」「病」は、書き順によっては「○」「丂」「
」となるように、字形まで変わってしまう例があります。今日まで残った書き順は、文字のデザインや自然な運筆に適したものといえます。