日本語や英語の語順は、特に世界的な語順分布から見た場合、どのように考えられるのでしょうか?

主語(S)と目的語(O)と動詞(V)の語順について、よく日本語はSOV、英語はSVOのように言われますね。ここで問題にしているのは、各言語がとり得るあらゆる語順ではなく、その言語で最も基本的と考えられる語順です。
SとOとVの語順には6とおりの可能性が考えられますが、私が約3,000言語の基本語順を調べた結果では、SOV=48.5%、SVO=38.7%、VSO=9.2%、VOS=2.4%、OVS= 0.7%、OSV=0.5%のようになりました。このように、6種類の基本語順は世界の言語でけっして均等に分布しているわけではなく、主語が目的語に先行する傾向(SOV、SVO、VSOで96.4%)や、主語が文頭に立つ傾向(SOVとSVOで87.2%)などが明らかに見てとれます。日本語のSOVと英語のSVOは、どちらも世界で非常によく見られる基本語順と言えますが、少なくとも私の調べた範囲で見る限り、世界的には、英語のようなSVO語順よりも、むしろ日本語のようなSOV語順の方が優勢なようです。

世界諸言語のデータを基に類型化を通じて言語普遍性を探究する「言語類型論」と呼ばれる分野があります。言語類型論では、下に日本語と(同じ意味の)フランス語で例示したように、しばしば基本的な語順類型として「整合的OV型」と「整合的VO型」という2つのタイプがとり上げられます。ここで「後置詞」というのは「前置詞」と同様の働きで名詞の後ろに置かれるもので、両者を合わせて「接置詞」と言います。
※ 以下の例は、同じ意味のことばを(上)日本語、(下)フランス語で表している。
【整合的OV型】例…日本語
OV語順(窓を開ける)、後置詞使用(弘前へ)、所有者-所有物(ジョンの本)、形容詞-名詞(おもしろい本)、関係節-名詞(きのう見た映画)、比較基準-比較形容詞(弘前よりもっと寒い)、動詞-助動詞(行きたい)等
【整合的VO型】例…フランス語
VO語順(ouvrir la fenêtre)、前置詞使用(à Hirosaki)、所有物-所有者(un livre de Jean)、名詞-形容詞(un livre interessant)、名詞-関係節(le film que j’ai vu hier)、比較形容詞-比較基準(plus froid que Hirosaki)、助動詞-動詞(vouloir aller)等
整合的OV型は、修飾・限定的要素を主要部の前に、あるいは被支配項(支配される要素)を支配項の前に置くといった配列原理で一貫したタイプ、整合的VO型は、これとちょうど逆の配列原理で一貫したタイプと考えることができます。
「支配項」とは形式の決定権を持つ要素ですが、接置詞や助動詞を支配項とみなすのは奇異に感じるかもしれません。しかし、たとえばドイツ語で für mich(for me)、mit mir(with me)のように下線部の前置詞が(代)名詞の形式を決定したり、また、日本語で「行きたい」、「行くだろう」のように助動詞が動詞の形式を決定したりする現象がしばしば観察されます。そのため、言語類型論では接置詞や助動詞を支配項とみなします。
この2つのタイプに加えて、形容詞を名詞の後ろに置くこと(NA語順)を除いて整合的なOV型の言語が、アメリカ大陸、オーストラリア、ニューギニア、アフリカ大陸等、特にユーラシア外の言語の中にしばしば観察されます。私は、このタイプを整合的OV型の亜種と考えて「準整合的OV型」と呼んでいます。
このような語順類型の分布を、私が集めた基本語順データを基に言語地図上に表現してみたところ、興味深い事実が浮かび上がってきました。下の地図は、私が『月刊言語』第25巻2号に寄稿したときに掲載された、世界全体の語順分布を大きくまとめた地図です。

この地図で、薄い赤は整合的VO型の主要な連続地域、薄い青は整合的ないし準整合的OV型の主要な連続地域を表しています。このようにして、たった2つないし3つの(準)整合的語順類型のみが地球上に大きなまとまりをなして存在し、種々の不整合な語順類型は、これらの周辺にしばしば推移的に存在するという様子が明らかになってきました。なお、この地図では、たとえばヨーロッパの言語は欧州内に限定し、可能な限り在来の言語を対象にしています。特に今日のヨーロッパ主要言語の分布は、主に大航海時代以降の急激な政治的拡大による所産にすぎず、言語現象と地理的分布の本質的な関係性を考察するには適さないと考えるからです。
以上のような観点から日本語と英語の語順を考えてみましょう。
日本語は、ユーラシア北部に連なる地理的な位置を反映するように典型的な整合的OV型を呈する言語と考えて問題ないでしょう。また、日本語には他の語順から変化したと考えられるような痕跡、証拠は特に見当たりません。一方、英語は、全体的には整合的VO型に近いのですが、形容詞を名詞の前に置いたり、John’s book のように所有者を所有物の前に置く基本語順を持ったり、言語類型論的には不整合な語順タイプの言語ということになります。
不整合な語順タイプの言語は、英語に限らず世界に数多く存在しますが、地理的、歴史的な要因が関係している場合が少なくありません。たとえば、英語が系統的に属する印欧語族の祖語は、比較的柔軟な語順の整合的OV型であったと考えられています。それがアジアのインド(・アーリア)諸語では、おそらく先住のドラビダ諸語等との接触を通じて、より厳格な整合的OV型になりました。対照的に、ヨーロッパ西方に位置するケルト諸語や(ラテン語から派生した)ロマンス諸語は整合的VO型に変化し、中間に位置する(英語を含む)ゲルマン諸語、スラブ諸語、西イラン諸語等は、整合的VO型に移行しきらず、VO型とOV型が混成した不整合な語順タイプになっていると考えられます。
