2020年の流行語のひとつに「Go Toトラベル」があります。これは英語では使われない表現だと聞いたのですが、そうなのでしょうか。そうだとすれば、どうしてそのような言い方が日本語として使われるのでしょうか。
「Go Toトラベルキャンペーン」が話題になっています。ここではどうして、「英語では使われないのでは」という質問の出るような表現が生まれ、また受け入れられているのか、その背景を、日英語対照研究の観点から考えてみたいと思います。
「Go To トラベルキャンペーン」は、「Go To キャンペーン」の1つで、ほかに「Go To イートキャンペーン」、「Go To イベントキャンペーン」などがあります。これを英語の表現として考えた場合、go to eat ならto は不定詞のto、go to events なら前置詞のto です。用法は違いますが、同じto だからということで、まとめてGo To としたのでしょう。
では「Go To トラベル」のto はどうでしょうか。英語のtravel には名詞の用法も動詞の用法もあるので、どちらのto のつもりなのかははっきりしません。動詞だとすれば、「旅行するために行く」ということになり、行った先で旅行するという意味になります。行くことと旅行することは(通常の旅行では)時間的に重なるので、その意味にするならgo traveling と言うべきところです。名詞として使うとすれば、go to a meeting と同じような表現ということになりますが、やはり奇妙な表現で、通常はgo on a trip です。到着点を表す単語がto に後続しない「Go To キャンペーン」は、英語としてはあり得ない表現です。
なお、アメリカ英語のCOCAというコーパス(10億語以上)では、go on a trip は225例見つかりますが、go to travel は3例しか見つかりません(goの様々な活用形の場合を含む)。
では、どうしてこのような「英語として奇妙な」表現が日本語として通用しているのでしょうか。興味深いことに、JEFLLコーパス(70万語)という、日本の中高生の自由英作文データベースを見ると、go to travel という言い方が10例出てきます。これは、正しい表現であるgo on a trip の2倍です(goの様々な活用形の場合を含む)。つまり、go to travel は日本語を母語とする英語学習者によく見られる表現なのです。そのような表現は「おかしい」と感じない人が多いため、日本語話者の間では受け入れられやすいのです。
英語学習者がgo to travel という表現を使うとすれば、それは日本語の「旅行に行く」に基づいた表現だと思われます。日本語の「~に行く」の場合、「東京に行く」「コンサートに行く」のように目的地や目的地で行われるイベントを表す名詞と一緒に使われることもあれば、「買いに行く」のように、移動の目的を表す動詞を伴って使われる場合もあります。このほか、「ドライブに行く」のように、「~する」の「~」にあたる動詞的な名詞と一緒に使うこともできます。「旅行に行く」はこの最後のタイプの表現です。このように、「イベントに行く」「食べに行く」とならんで、「旅行に行く」という、同じ「~に行く」という表現が日本語では成立しています。これを英語に置き換えれば、go to event(s)、 go to eat そしてgo to travel となります。
日本語の「に」も英語のto も多機能的で、着点を表すほか目的を表すことができるなど、その用法が重なっています。しかし、全く同じと思って置き換えると、英語としては正しくない表現が出来てしまうことになります。go to travel はちょうどそのようなケースです。なお、「旅行に行く」「ドライブに行く」では、移動を始めた時から旅行やドライブが始まります。その点で英語のgo to drive、 go to travel と異なります。これらの英語の表現に相当するのは、「旅行しに行く」「ドライブしに行く」です。
以上のように、日本語として使われている英語に基づく表現を見ていくと、そこに日本語の表現の仕方が反映していることがあります。それを手がかりに言葉の使い方を見ていくと、日本語と英語の類似性と相違点が明らかになります。