「コンピューター」と「コンピュータ」と両方の表記を見掛けますが、どちらで書いてもよいのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』19号(2006、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
法令・公用文や報道など、一般の社会生活における外来語表記のよりどころとして「外来語の表記」(1991年、内閣告示・内閣訓令)があります。「外来語の表記」は、外来語を書き表すのに用いる仮名・符号の表(第1表と第2表)と留意事項、付録の用例集から成ります。二つの表のうち、第1表は一般的に外来語を書き表すのに用いる仮名の表で、第2表は原音・原つづりになるべく近く書き表す場合に用いる仮名の表です。第2表には「ウィ」「トゥ」「ヴァ」などが示されています。なお「外来語の表記」では、第2表の仮名を用いる必要がない場合、第 1表の仮名で書き表すことができるとし、第2表の「ウィ」は第1表の「ウイ」に対応するといった例を示しています。
「外来語の表記」では、長音のうち、英語の語末の ‐er、‐or、‐ar などに当たるものは、原則として長音符号「ー」を使って書き表すとしていますが、ただし書きで、慣用に応じて「ー」を省くことができるともしています。したがって「外来語の表記」によると、「コンピューター」「コンピュータ」のいずれも間違いではないということになります。
また「外来語の表記」は、表記を統一しようとするものではなく、各専門分野の外来語表記の慣用を認めていこうとするものです。各分野の専門用語を示した『学術用語集』(文部科学省ほか)を調べると、分野によって外来語の表記に違いが見られます。例えば、物理学では「コンピューター」を、心理学では「コンピュータ」を示しています。このような分野による違いも、「外来語の表記」では慣用として認めているのです。
外来語の表記のゆれは、「コンピューター」「コンピュータ」のような語末の長音以外に、例えば次のようなものがあります。
メーン/メイン
グラビア/グラビヤ
アルミニウム/アルミニューム
ウイスキー/ウィスキー
バイオリン/ヴァイオリン
こうしたゆれは、原語の発音により近く書こうとするか、原語のつづりや国語化した発音に基づいて書こうとするかという、外国語の音をカタカナに写す際の方針の違いによるものと言えます。
なお、上記の例の「メーン」「グラビア」「アルミニウム」は、「外来語の表記」の原則による表記です。ただし、「メイン」「グラビヤ」「アルミニューム」も慣用として認められています。
「ウイスキー」「バイオリン」は第1表の仮名だけで書いた例で、「ウィスキー」「ヴァイオリン」は第2表の仮名「ウィ」「ヴァ」を使って書いた例です。いずれも「外来語の表記」で認められている表記です。
実際に文章を書く際に、「コンピューター」と「コンピュータ」のどちらで書けばよいのでしょうか。
文化庁の「平成15年度国語に関する世論調査」では、10語の外来語について二通りの書き方を示し、どちらで書くかを尋ねています。「コンピューター/コンピュータ」も取り上げられていて、結果は「コンピューター」と書くと答えた人が76.6%となっています。この結果を踏まえると、現時点では、一般に向けた文章では「コンピューター」と書くのが穏当でしょう。もちろん「コンピュータ」としても間違いではありませんし、専門的な内容の文章であれば、その分野の慣用によるという立場もあります。なお、上記の世論調査の結果には、新聞・放送で「コンピューター」と表記しているため、「コンピューター」の方がより見慣れているということも関係していると思われます。
外来語の表記については、「外来語の表記」や新聞・放送等における基準をよりどころとしつつ、読み手にとって、なじみのある分かりやすい表記を選んでいくことが必要でしょう。また、一つの文章の中では、ゆれのないようにしていくことも重要なことです。
(小椋秀樹)