外国人の友人から、「先生に『推薦状をお書きください』と言ったら不思議そうな顔をされた。丁寧な言い方をしたのにどうして?」と聞かれました。どう説明すればいいでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』18号(2005、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
「お~ください」は「~てください」よりも丁寧な表現です。目上の人に対して「こちらで休んでください」と言うのはぞんざいな感じがしますが、「こちらでお休みください」と言うのは適切な言い方です。しかし、同じ「お~ください」でも、先生に「推薦状をお書きください」と言うと失礼な感じがします。これはなぜでしょうか。
「お~ください」には、主に二つの使い方があります(参考文献①②)。一つは相手の動作を促したり丁重に誘導したりする気持ちで「お~ください」と言う場合、もう一つは「お願いですから、どうか」と懇願する気持ちで「お~ください」と言う場合です。
問いの場面は「先生に対して、自分のために推薦状を書いてくれるよう依頼する」という場面ですが、この場合は、先生に懇願するというわけではありません。また、先生のために「どうぞこちらでお休みください」と促すことは問題ありませんが、自分のために推薦状を書くよう先生の動作を促したり誘導したりするのは厚かましいという印象を与えます。先生に対して「推薦状をお書きください」と言うと失礼な感じがするのはそのためです。この場面では、「推薦状を書いていただけないでしょうか」、あるいは「推薦状を書いていただきたいのですが」のような言い方が適切な表現として選ばれることになります。
この「お~ください」に限らず、私たちは、人とのコミュニケーションにおいて、特に意識することなく、相手や場面に応じた表現の調整を行っています。例えば、次の二つの文を比べてみてください。
3.、4. はともに依頼の表現ですが、「もらえますか」は比較的頼みやすいことを頼む表現、「もらえませんか」は頼みにくいことを頼む表現という違いがあります(参考文献②)。頼みにくいことを頼むという気持ちが暗示される分、「もらえませんか」の方が相手に対する遠慮の気持ちは明確に伝わります。そのため、先生に推薦状を書いてくれるよう依頼する場面では、「推薦状を書いていただけるでしょうか」よりも、「推薦状を書いていただけないでしょうか」という表現の方がより適切な表現として選ばれることになります。
日本で生まれ育った人たちは、日常生活の中で上に述べたような微妙な表現の調整を自然に身に付け、特に意識することなく、場面に最もふさわしい表現を選んでいます。これは、子供のときに自然に身に付けた日本語の文法を活用して、特に意識せずに、様々な日本語の文を作り、人の発話の内容を理解するのと基本的には同じことです。
日本語を外国語として学ぶ人たちも、日本人とのコミュニケーションを通じて、相手や場面に応じた表現の調整を身に付けていることが少なくありません。しかし、やはり外国語なので、常にうまく調整ができるわけではありません。そのようなときに、時と場合に応じて、さりげなく「こういうときはこう言うといいよ」とアドバイスできれば、日本語を外国語として学ぶ人たちとのコミュニケーションは、より豊かなものになると思います。
(井上優)