ことばの疑問

「あの」や「えっと」が多い人は話し下手なんでしょうか

2020.01.31 小磯花絵

質問

「あの」や「えっと」といった場つなぎ表現は、聞き手に話し下手という印象を与えるため、できるだけ避けて話した方がいいでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』18号(2005、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

場つなぎ表現:話し下手と思われるから、 避けた方がいいのでしょうか」

回答

「場つなぎ表現」が相手に与える印象

「えっと よければ今度は あのー この点について えー…」

ふだん私たちが話している言葉を文字に起こしてみると、この例に見られるように、「えっと」や「あのー」といった表現が意外と多く使われていることに気付きます。言葉に詰まった際に苦し紛れに使われる「場つなぎ役」というイメージがあるせいか、確かにこの表現が多いと、相手に「話し下手」という印象を与えてしまうような気もします。しかし私は、場つなぎ表現に関してこんな経験をしたことがあります。

学会発表で「話が上手だな」といつも感心して聴いているベテランの研究者がいました。話し方が流れるように滑らかで、とても説得力があるのです。その研究者の講演を収録する機会があり、文字に起こしてみて驚きました。聴いているときには気付かなかったのですが、場つなぎ表現が多く見られたのです。ほかの研究者や大学院生の平均が1分約9個なのに対し、その研究者は何と平均12個でした。どうも単純に「場つなぎ表現の多い方が話し下手に感じる」というわけではなさそうです(分析には、国立国語研究所と情報通信研究機構で開発した『日本語話し言葉コーパス』を使用しました)。

そこで同じ講演データを使って分析してみたところ、次の傾向が見えてきました。驚いたことに、場つなぎ表現の多い講演の方が、聞き手に良い印象を与えやすいという結果だったのです。

  • 場つなぎ表現の少ない講演の方が、聞き手にその講演に対して「たどたどしい」「単調」「自信なさそう」という、どちらかと言えばマイナスの印象を与える傾向にある。
    場つなぎ表現の少ない講演イメージ
  • 場つなぎ表現の多い講演の方が、「表情豊か」「流暢(りゅうちょう)」「自信ありそう」といったプラスの印象を与える傾向にある。
    場つなぎ表現の多い講演イメージ

「場つなぎ表現」の機能

場つなぎ表現は、確かに言葉に詰まったときなどの時間稼ぎとして使われることもあります。しかしそのほかにも様々な機能があるようです。例えば窓を開けてほしいと人に頼む場合、「窓を開けていただけないでしょうか」と「あのー、窓を開けていただけないでしょうか」を比べてみましょう。前者は少し唐突な感じがするのに対して、「あのー」と場つなぎ表現が一つ入るだけで、「お忙しいところ申し訳ないのですが」といった話し手の心情が伝わり、相手に負担を強いる依頼を柔らげる効果が感じられないでしょうか。

場つなぎ表現は発話の意味自体には影響しません。「あのー」があってもやはり窓を開けてほしいというお願いの発話です。しかしこの例に見られるように、話し手の聞き手に対する配慮など、様々な情報がこの短い表現を媒介にして聞き手に伝わることもあるのです。

そのほかにも、話を始めるときや別の話題・場面に移るときに、いきなり話し始めず、「えー、本日はお忙しい中お集まりくださいまして…」や「えー、次に乾杯に移りたいと思います」のように、冒頭に「えー」を入れることがよくあります。この場合、「突然」話を始めたり話題を変えたりする際の「クッション」として機能していると言えそうです。

注意も必要

コミュニケーションの中で重要な機能を担っている場つなぎ表現ですが、同じデータの分析から、場つなぎ表現が多いと「落ち着きがない」という印象を与えることも分かっています。また種類ごとに見てみると、「あのー」「えー」に比べて「えっと」は、「たどたどしい」といったマイナスの印象を与えるようです。「えっと」という表現の持つ子供っぽさが関係しているのかもしれません。このように、場つなぎ表現を単に多く使えば、聞き手に良い印象を与えるというわけではありませんので、注意も必要と言えそうです。

(小磯花絵)

書いた人

バイオリンと花

小磯花絵

KOISO Hanae
こいそ はなえ●国立国語研究所 音声言語研究領域 教授。
日常生活の中で自然に生じる多様な場面の会話を集めた『日本語日常会話コーパス』の構築に取り組んでいます。日々、膨大な日常会話のデータと格闘しながら、ことばの多様性や会話行動の仕組みを明らかにすべく研究を行っています。

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