ことばの疑問

「やゝ」「人々」と書く場合の「ゝ」「々」などは、何と読む字なのでしょうか

2023.06.07 田中牧郎

質問

「やゝ」「人々」と書く場合の「ゝ」「々」などは、何と読む字なのでしょう。また、どのような種類があり、それぞれの由来はどうでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』14号(2001、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

回答

同じ文字を繰り返すときに用いる文字や符号には、ほかにもいくつかあり、まとめて「踊り字」あるいは「繰り返し符号」などと呼びます。パソコンやスマホなどの入力の際、仮名漢字変換の必要から、読み方が話題になる機会が多いようですが、手書きや縦書きの衰退で、使われる場面は急速に狭まってきています。

次のようにいくつかの種類に分かれ、それぞれに独自の呼び名と使い方の習慣があります。①から⑤は、文字というより符号ですから読みはありませんが、⑥は漢字の一種で読みをもっています。

一ツ点ひとつてん ゝ ゞ ヽ ヾ
仮名一字の繰り返しに用います。「こゝろ」のように平仮名の繰り返しには「ゝ」、「学問ノスヽメ」のように片仮名の場合は「ヽ」が普通です。濁点で繰り返す場合は、「たゞ」「トヾ」のように「ゞ」「ヾ」となります。
どう字点じてん 々
「先々」「正々堂々」のように、漢字一字を繰り返す際に用います。現在、横書きでもよく使われます。「ノマ」と呼ぶこともありますが、形を分解した呼び名です。
字点じてん 〻
愈〻いよいよ」「益〻」のように、ある決まった語において、漢字一字の繰り返しに用いられることがありますが、主として縦書きの場合です。繰り返しを意味する「二」をくずした形であるので、この呼び名があります。最近では「愈々」「益々」と書くことも一般的です。
④ くの字点じてん  
「よく  」「知らず  」など、二字以上の繰り返しに用います。濁音にして繰り返す場合は、「くれ 〲 も」のように書きます。これも、形に着目した呼び名です。
ノノののてん 〃
図表や箇条書き風の文章のなかで、「上(右)に同じ」という意味で使われます。
(例)春季募集 三月三十一日締め切り
秋季 〃 十月 〃
どう
「仝」は、「〃」と同じように使われます。ただ、「仝」は「同」の異体字で、「ドウ」という読みをもち、漢字の一種です。

 

踊り字の縦書き表示

こうした踊り字の形や使われ方は、手書きによる縦書きのなかで培われてきた習慣によるものです。活字では、新聞の多くは「々」「〃」以外は使わないように定めていますし、最近では横書きやパソコンやスマホなどによる文章の入力が普及してきたために、様々な踊り字を使い分ける機会は少なくなってきました。しかし、手書きで手紙を書く場合など、踊り字の適切な使用が求められる場面も残っています。

それぞれの使い方についての詳細は、文化庁編『言葉に関する問答集 総集編』所収の、文部省「くりかへし符号の使ひ方〔をどり字法〕(案)」を参照してください(PDFファイルhttps://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/sanko/pdf/kurikahesi.pdf)。なお、「々」は符号ではありますが、「佐々木」「奈々子」など、姓名に用いてもよいことになっており、「佐々木」と「佐佐木」は、戸籍上では区別されています。

踊り字の起源は古く、中国のいんの時代から、「=」の形が、漢字を繰り返すことを表すものとして、見られます。日本でも奈良時代以前から使われています。万葉集に、「何時毛〻〻〻」(いつもいつも)とあるなど、二字以上の漢字の繰り返しにも用いられています。平安時代に、平仮名・片仮名がつくられると、仮名の繰り返しにも、はじめは「〻」が用いられましたが、これを略して「ゝ」や「ヽ」の形になったと言われています。

それぞれの形や用法の歴史については、まだ十分な調査が行われていませんが、「〱」の形の由来は、当時書かれたままの資料が豊富に残っている、漢文に読み方(訓点)を書き入れた文献(訓点資料)の調査によって、興味深い事実が明らかになっています。二字以上の繰り返しでは、はじめ「マ、スヽ」(マスマス)のように書いていました。この、一点めの「ヽ」と二点めの「ヽ」がつながって、以下の図のようになり、さらに起筆が二字めの後に下りて、「マス」と変化し、「」が成立しました。

「〃」は、外国語の繰り返しに用いられる「〃」に由来するものと言われています。

書いた人

田中牧郎

田中牧郎

TANAKA Makiro
たなか まきろう●明治大学 国際日本学部 教授。
専門は、日本語の歴史、日本語の語彙。国立国語研究所には、1996年から2014年まで在籍し、日本語コーパスの研究や、「外来語」や「病院の言葉」を分かりやすく言い換える研究を担当しました。編著書に、『近代書き言葉はこうしてできた』(岩波書店)、『図解 日本の語彙』(三省堂)など。

参考文献・おすすめ本・サイト

参考文献

  • PDFファイル小林芳規(1967)「踊字の沿革續ちょう」 『広島大学文学部紀要』27巻1号 (https://doi.org/10.15027/24915
  • 中田祝夫(1954)『古点本の国語学的研究 総論篇』 大日本雄弁会講談社

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